幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。
真剣な口調で提案されて、一瞬心が揺れたけど、首を振った。
「ううん、気持ちは有難いけど、もういい──今さらあの事務所に戻りたくはないし。むしろ早く忘れちゃいたいから」
ことさらに明るい口調で言うと、それもそうか、と樹山は同意した。
「穐本がそう思ってるなら、それでいいけど……もし今後、なんか困ったことが起きたら相談してくれよ。できるだけ力になるから」
「ありがとう」
どこまでも真剣に言ってくれる樹山に、私は感謝を込めて頭を下げる。
「そういえば、こっちに戻ってきて仕事する所はあるのか? アテが無いなら、うちの系列の会社とか世話できるけど」
「それは、大丈夫。昔の先輩がこっち出身の人で、個人で建築事務所開いてるの。そこで働かせてもらうことになってるから」
「そっか、ならよかった」
本当に「よかった」というふうに樹山は表情を緩める。
「ちなみに、なんていう事務所?」
「エバーフォレスト建築事務所、って所」
「……エバーフォレスト?」
「知ってるの?」
「あ、いや。いい響きの名前だなって」
なぜか焦ったように言う樹山に、私は説明した。
「所長の先輩が、永森さんっていうの。永遠のエイに木3つの森。だからエバーフォレスト」
なるほど、というふうにうなずいた樹山だけど、なんだか心ここにあらずというふうに見えた。