俺にしときませんか、先輩。
家の空気は、最悪だった。
誰も、なにも、発しようとせずに。
起きて、日が落ちたら寝て。
日付の感覚も鈍っていたある日、突然、姉ちゃんが笑って帰ってきた。
色を取り戻そうと必死のような明るさを含んだ声に振り返れば、その横で父さんも笑っていた。
久しぶりに揃って食べた夕食は質素なものだったけど、母さんがいなくなってから食べたご飯のなかで、一番美味しかった。
なのに、まだ。
どこかで、笑うふたりを背に、うまく感情を乗せられない自分だけが入り込めないような、そんなかんじがして。
アラームを無視して寝過ごせば、笑うように怒る母さんがすぐそばで頭を手のひらであったかくしてくれるんじゃないかと、そう信じていた。
少しずつ、以前のような生活に戻りつつあって、それでも母さんの死を実感できないまま、梅雨の湿った空気が運んできてくれたのが、先輩だった。