俺にしときませんか、先輩。


「今から私と勝負ね」

「はあ?」

「好きな絵描いて、しょーぶ!」


よーいどん!と自分だけ黒い芯を走らせる。

その姿に最初は呆れていたのに、気づいたら、負けるもんかって、俺も鉛筆を握りしめていて。

思い出の欠片を集めた記憶と拙い手で精一杯描き上げたのは、



「うわー、すごい、かわいい人!」


「…っ」



笑顔の母さんだった。


びっくりするほど似てないのに、出来上がった絵に熱いものが込み上げて、それが波のように押し寄せて喉の奥を刺激する。


ぽた、と。
一粒、二粒、滲んでいく絵が身体の内側から俺を慰めているようで。


この時、はじめて、母さんはもう心のなかにいったんだと認められた瞬間だった。




「わっ、ちょっと、泣かないでよ…。暗い顔してるから笑わせようと思ったのに」



私の負けでいいから泣かないで、と。

自分の変顔を描いた画用紙を右手に、俺の涙を拭おうとして差し出してくれたティッシュを左手に。



たぶん、そこからだと思う。

先輩にどうしようもなく惹かれていったのは。


< 106 / 214 >

この作品をシェア

pagetop