ショウワな僕とレイワな私
清士は小さくため息をついた。また言葉が通じていないことに若干呆れていた。

「芭蕉は、台湾で作られる甘くて黄色い果物さ。栄養価が高くて高級品なんだ。それから支那そばは……」

清士が言いかけたところで大将からラーメンが差し出された。

「ラーメン、上がり」
2人はラーメンを受け取って箸を取る。

「支那そばは?」

「これだ」

清士はまさに目の前にあるラーメンを指差した。

「なんだ、ラーメンのことね。あと芭蕉って多分バナナのことな気がする」

「今は支那そばは『らあめん』と、芭蕉は『ばなな』と呼ぶのか」

「そうね。いただきます」

咲桜は手を合わせてラーメンを食べた。

「何だこれは……魚介のような味が香ばしいな。美味い」

「美味しいね」

清士は予想外の美味しさに感嘆した様子だ。そしてこれまで話していたことを忘れたかのように、ラーメンに夢中になっていた。2人はラーメンを食べ終えて店を出る。

「もう暗くなっちゃったね。帰らなきゃ」

九段下駅から家を目指して帰ることにした。咲桜はなぜ清士が怯えた様子でラーメンを待っていたのかが気になったが、ひとつ見当がついていた。

「あのさ、成田さんの時代のラーメン……いや、支那そばって、一杯いくらだった?」

「そうだな、7銭*ほどといったところか」
*7銭: 現在の価値で約25円。

7銭と言われてもピンと来ないというのが咲桜の正直な感想だが、今食べたラーメンの値段よりは確実に安いような気がした。一方の清士にとっては800円というと現在の価値で30万円ほどで、ラーメンのような手軽な料理に出す金額ではなかった。咲桜はこの物価の差に気がついたのだった。

「あのね成田さん、成田さんも大学に通ってるから分かるかもしれないけれど、お金の価値って年々変わるでしょ。成田さんがいた時代までに貨幣価値が上がり続けたのと同じで、80年も時間が経てば、通貨だって価値が大きく変わってる。例えば、今の時代の100円は成田さんの時代の3万5千円くらい」

「はあ、そんなに変わっているのか。この時代で金銭の感覚を掴むのは難しそうだな」

咲桜は、あえて清士に物の値段を見せない方がいいような気がした。ラーメンの値段のくだりでバナナの話が出たが、今はスーパーやコンビニで買うことができるあの黄色い果物を高級品というのだから、今のバナナの値段を見たら気絶してしまうかもしれない。2人は電車を乗り継いで家に帰り、それぞれ寝る準備をした。清士はリビングのソファーへ、咲桜は寝室へ向かった。
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