ショウワな僕とレイワな私
−1週間後。清士は80年後の世界に徐々に慣れつつ咲桜も清士との生活に慣れた頃、咲桜は図書館で借りた本を読む清士をダイニングに呼んだ。咲桜は1週間のうちに清士に家の合鍵やスマートフォンといった現代で生活するのに必要なものを全て渡して、使い方を説明した。清士も咲桜の説明を追うように、徐々にこの時代のツールやルールに適応しようとしている。

「どうしたんだい、かしこまって」

「今日はね、成田さんもこっちの生活に落ち着いてきたかなと思って、タイムトラベルしてこの時代にきた経緯を聞きたいなって。私もタイムトラベルの研究をしてるから知っておきたいんだけど……無理のない範囲で」

咲桜は清士の話したことを書き留めておくべく、パソコンを立ち上げている。

「何でも聞いてくれ。この時代は言論の自由があるようだから、こちらも話したいことは全て話すよ」

清士は現代の憲法を読んでいて言論の自由があることを知り、安心した。清士のもといた時代では言論の自由は法律の範囲内だけで保障されており、戦時中の治安維持法によってさらに厳しく制限されていた。

「それじゃあ、何から聞こうかな、とりあえず成田さんがどういう人か先に整理しとかなきゃね。本人情報の確認から始めるね」

咲桜は先にテキストエディターアプリに書いておいた清士の情報を読み上げる。

「成田清士さん、1922年生まれの20歳男性。東京帝国大学……今の東大の学生さん。間違いない?」

「ああ、その通りだよ」

基本的な情報に間違いがないことを確認した咲桜は、早速次の質問に移る。

「次の質問ね。次は、タイムトラベルをしてしまった経緯について。タイムトラベルをしようと思ってしたのか、それとも事故だったのかと、きっかけを教えて」

「まず僕はタイムトラベルをしようとは思っていなかったよ。第一、タイムトラベルというものを知らなかったからね。しかし、どこかに逃げてしまいたいと思ったんだ。僕がタイムトラベルする直前、父から学徒出陣の話を聞かされて僕はそんな無意味なことをしたくないと思ったし覚悟ができなかった。現実から逃避したいと思って、どこか別世界にでも行ってしまえと自棄(やけ)になったんだ。そういうわけで(うち)のある新宿から東京へ列車で向かっていたところ、眠ってしまって目が覚めたらこの時代に来てしまったのさ」

咲桜は清士が話したことをまとめながらメモしていく。そしてメモしながら考察した。

「もしかしたら、成田さんの『どこか別の世界に行きたい』という強い気持ちが事故的にタイムトラベルをする結果を生んだのかもしれない、あくまでも私の推測だけどね。ここまで1週間過ごしてみて、元の世界に帰りたいと思ったことはある?」

清士は首を横に振った。

「いいや、僕はできれば帰りたくないね。留まることができるのなら、ここにいたい。皆が豊かで先進的で、自由があって平和な東京を離れたくない」

予想通りだ、と思いながらキーボードを叩き続ける咲桜の手が止まった。スマートフォンに着信が来て画面を確認するが、「非通知設定」と書かれているのを見て無視した。

「出なくていいのかい」

「番号が非通知になってるし……なんか怖いから無視しとく」

着信音が止まると、咲桜はスマートフォンの電源を切った。

「成田さん、さっき元の世界に帰りたくないって言ったよね。厳しいことを言うかもしれないけど、成田さんはいつかは帰らなきゃいけない。本来は2023年に20歳で存在すべき人じゃないからね、いつかは1943年に戻らなきゃいけない。これまでのタイムトラベラーは未来から来た人がほとんどだけど、みんな何かの目的とか使命があって、戻りたくなくても役目を果たしたらみんな帰ってた。私は急かすわけじゃないけどいつかは戻ってもらいたいかな」

咲桜の言葉を聴いた清士は俯くばかりだ。
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