ショウワな僕とレイワな私
11月も終わりに近づき寒さが増してきた頃。咲桜はいつも通り1時前に家に帰ってきた。この頃駅から家までの道を通るときはいつも動悸がして、逃げるように家まで早足で向かうようになっていた。手にはいつでも通報ができるように緊急通話画面を開いたスマートフォンを握りしめている。

「ただいま……」

家に着いて2つの鍵とドアロックを掛ける。少し安心するが、また後ろから誰かが来ていたら、ドアを叩いてきたら、と思ってしまうと鼓動が速くなる。

清士は日々徐々に表情が暗くなる咲桜のことを心配していたが、あえて踏み込むことはしなかった。咲桜と気がつけば1ヶ月近く過ごしていった中で、咲桜は自立していながらも人を頼るのが下手な人間だと思ったのに加えて、あくまでも違う時代から来た人間がこの世界の人間に干渉するのは良くないと思っていた。しかし、次第に覇気が無くなる咲桜をこれ以上放っておくことはできなかった。ただ同居しているから、あの日東京駅から連れ帰ってくれたからだけでなく、この時代の多くを教えてくれた咲桜の暗い顔をこれ以上見たくないと思った。それほど清士にとっては恩人であり、大切な人であった。清士は今日も笑顔で咲桜を出迎える。

「咲桜さん、おかえりなさい」

「あ、成田さん……ただいま」

清士は自分に迷惑をかけまいと無理矢理に笑顔を作る咲桜の顔を見て心が痛んだ。

「鞄、僕が持つよ」

今日も咲桜は大きな黒いバッグを持っている。清士が持っても重いと感じるほど、ぎっしりとパソコンや本が詰め込まれていた。清士は咲桜からバッグを受け取って寝室まで運ぶ。よっこらせ、と机の上にバッグを置いたとき、部屋の外でバタンと強い音が聞こえた。その音で、清士は咄嗟に玄関へ向かった。

「咲桜さん……!」

咲桜は廊下で横たわるように倒れていた。

「咲桜さん、聴こえるかい」

清士が声をかけながら肩を叩くと、ふわっと目を開けた。

「あれ……」

咲桜は倒れた時の意識がなかったせいで、なぜ床に横たわっているのかが分からなかった。目の前には清士がいる。一旦スッと起きて冷たい床から離れる。咲桜は何が何だか分からない状態で、廊下にちょこんと座った。

「咲桜さん、突然倒れたから心配したよ。痛いところや苦しいところはないかい」

「私、倒れたの?全然痛くも苦しくもないけど……気付いたら床に寝っ転がってた」

咲桜は事の深刻さを知らずケラケラと笑った。清士はそんな咲桜を見ていよいよ黙ってはいられなかった。

「笑い事じゃないだろう、君は倒れたんだぞ。そもそも君はこのところ無理をしすぎている。君が僕の前で無理をして笑って誤魔化していることは承知だが、もう(しま)いにしないか、僕は君の無理に笑うのを見る度に心がズキズキと痛くなる。この間も君に言っただろう、僕を頼ってくれと」

混乱した咲桜はただ清士を見つめて呆然とした。咲桜の頬に涙が伝った。
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