ショウワな僕とレイワな私
「忘れ物はないかい」

咲桜は大学に行くのに八丁堀駅まで清士と一緒に行くことにした。帰りはこれまで東京駅まで終電で帰っていたのを京葉線の時間に合わせて早く帰るようにし、23時過ぎに駅まで迎えに来る清士と一緒に家まで歩いて帰ることにした。咲桜は倒れた翌日に病院で「神経調節性失神」と診断された。咲桜は医者から不審電話や後ろから誰かがついて来ているような感覚を感じてからのストレスの影響だという話を聞き、精神安定剤と睡眠薬を処方してもらった。それからは薬のおかげでどうにか眠れているような状態で、少しずつ気持ちが安定し始めていた。

「うん、全部持った」

清士はドアを開けて咲桜を先に通す。2人はたわいもない話をしながら駅へ向かい、改札前で手を振り別れる。

「いってきます」

清士は改札前で呟き人混みの中を進んでいく咲桜をその姿が見えなくなるまで見送り、家に帰ってまたいつもの1日が始まる。咲桜も少しドキドキしながらも黒くて大きなバッグを持って電車に乗り込み、東京駅で乗り換えて大学へ向かう。乗り換えの電車に乗ったころ、いつも清士からメッセージが届く。ある日は「今日も一日頑張ろう」と、また別の日は「午後は雨が降るようなので気を付けて」と、そのまた別の日は「可愛い猫がいたよ」と野良猫の写真を付けて送られてくる。咲桜は毎日の清士からのメッセージで嬉しくなったり、安心したりして大学まで通った。

清士はいつも通り少し掃除をしたり本を読んだりして過ごし、咲桜は講義を受けて研究室で研究をし、時々買い物をして23時ごろに八丁堀駅に着く。改札前には、いつも清士が立っていて、お帰りなさいと言う代わりに咲桜の荷物を持ち、今日はどんなことを学んだか、どんな楽しいことがあったかと話しながらゆっくりと家路につくのであった。

咲桜は初めの方こそ気持ちが落ち着かず不安になることも多く、人を頼るのにも慣れていなかったが、徐々に落ち着いてきて、すっかり清士を頼るようになっていた。咲桜にとって清士は飾らず素直に接することができる唯一の人であった。

家に着くと、まずエントランスで郵便物の確認をする。

「今日は何か届いてるかな」

咲桜は鍵の番号を合わせて郵便受けの扉を開ける。大抵チラシでいっぱいだが、この日は白い封筒が入っていた。

「誰からだろう……差出人の住所もこっちの住所も書いてない」

間違って咲桜の部屋の郵便受けに入ってしまった可能性もあるが、咲桜はひとまず家に持って帰って、それから開けてみることにした。
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