ショウワな僕とレイワな私
「この戦争は致し方ないものだと……そして僕が()かなければならないのも致し方ないものだと分かっているんだ。ただ、僕はこの運命を未だ受け容れず、逃げてばかりいる。そんな自分にも嫌気が差してしまう」

咲桜は言葉の重さに一言も声に出すことができず、胸の内が押しつぶされるような感覚があった。これは悲しみなのか、同情なのか、はたまた軽い気持ちで話を持ち出してしまった罪悪感なのか。

「すまないな、前にもこういった話をして今日と同じく君を困らせてしまったことがあったかもしれない」

咲桜は両手を振って「違うよ」という気持ちを清士に伝えようとする。

「やはり戦争のことなど議論するに値しないのかもしれないな」

諦めたような清士の口調に、咲桜の心が痛んだ。

「ごめん、きっと成田さんと私では『戦争』の身近さが違うんだと思う。だから、正直想像がつきにくいというか。もう今の日本は、第二次世界大戦の後は何も戦争をしてないから、私は日本が戦争をしたっていう歴史しか知らない。でも、もし私が成田さんの時代にいたなら……私だって何か戦争に関わらなきゃいけなかったんだと思うし、国のためにっていう風潮にのまれてたと思う」

咲桜は清士のいる時代を歴史と捉えている。それは紛れもない事実であった。大都会の首都東京で生まれ育った咲桜にとっては「戦争」というものは縁遠く、自分が生きている間にもどこの国で紛争があった、どこかで兵器の実験があったということは度々あったし、時折遠い国の出来事が日本の経済にも影響したことはあったとしても、「歴史」の中にいる日本人のように自分が戦争に動員されることや戦禍(せんか)を逃れて避難することもなかった。なんとなく戦争はよくないものだとは思っているが、それについて深く考えることもない。戦争の爪痕(つめあと)を目にすることもない。しかし、今咲桜の目の前にいるのは昭和の、しかも戦争中の時代から来た人間で、さらに戦争にいかなければならないかもしれないという避けられない悩みを持った人間である。咲桜の思うところでは、それが運命なんだから受け入れて元の時代に帰ってもらいたい、その方が今後の未来のためだと伝えたかったのだが、もし自分が清士の立場だったらと考えたときに、あまりにもそのようなことを伝えるのは、冷酷で思いやりがないと思った。

「僕は逃げてばかりだ。目の前の課題を無視して、ただ運命から逃げようとしている。意気地無しだ。情けない男だ」

明るく暖かいライトに照らされたダイニングには、重苦しい空気が漂っていた。
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