ショウワな僕とレイワな私
その日はお互いに話すことなく、咲桜は寝室でベッドに寝転がり、清士はリビングで本を読んでいる。

寝室で横になってただ天井を見つめるばかりの咲桜は、タイムトラベルを研究する立場として清士にどう接するべきなのかと考えを巡らせる。そもそも清士がこの時代に居残ることは望ましくないと考えているし、当然元の時代に帰らなければならないと思っているし、清士もそのことを分かってはいる。それでも元の時代に帰りたくないという清士の気持ちも十分に分かる。スマートフォンで調べた学徒出陣の時期は1943年の10月から11月。もし清士がこの時代に来た日付に帰ったとしたら、1ヶ月も経たないうちに出征することになる。彼もその日が近いことを知って逃げてきたのである。考えれば考えるほど、心に重苦しさだけが残る。あんなに苦しそうな清士の姿を見ると、もうこの時代に居続ければいいのに、とさえ思ってしまう。そうすれば清士の悩みも、私の恐怖もなくなる。しかし、違う時代で生き続けるなんて、実際は不可能に近いのではないか。まず戸籍がないと行政サービスは受けられないし、そもそも戸籍を作るのも大変だし、この世界に実在しない人間として生きていかなければならないかもしれない。それはそれで清士に新たな悩みを作ってしまうのではないか。それに、タイムトラベルした先で生涯生き続けた人なんて聞いたことがない。

「どうしたらいいの……」

咲桜の目の先に広がる真っ白な天井は、まるでまだ何も描かれていないキャンバスのようだ。まっさらなキャンバスには、まだ絵の具も鉛筆の筆跡も載っていない、無の空間が広がっている。秩序も常識も、前提も無い、ただそこにあるだけの白い平面。咲桜はあることを思い付いたと同時にハッと息を呑んだ。全てを解決できそうなアイデアを得た咲桜の口元には笑みが浮かび、考えをまとめるべくスマートフォンのメモ機能を呼び出した。

咲桜の計画は、清士がこの時代に来た日から戦争が終わるまでの期間、つまり1年半強をこの時代で過ごして、2025年の8月15日ちょうどに80年前の世界─1945年の8月15日に帰ってもらうというものだ。そうすれば清士は戦争に行かず、そしてこの時代に時代に留まり続けることなく帰ることができる。ただ、これには問題があった。それは、日付を指定してタイムトラベルする技術がないために正確に80年前に戻ることができるかという問題と、本来とは違う形で清士の人生が続くことで今を含めた1945年より後の世界に障害が起きてしまうかもしれないという問題である。それにきっと家族や友達が2年近く消えたと思ったら、向こうの時代の人たちが心配してしまうし、急に戻っても混乱させてしまう。
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