ショウワな僕とレイワな私
またいつも通りの朝がやってきた。清士と咲桜はふたり台所に立ち、朝食を作ってダイニングに並べる。手を合わせてそれぞれが作った料理を口に運ぶ。朝日と暖かな照明が下りるテーブルには、まだ昨日の重い空気が残っている。清士が箸を置いたのを見て、咲桜も箸を置いた。

「昨日のことだが……僕は、決心が付き次第、直ぐに帰ろうと思う。咲桜さんのおかげで僕はようやく僕の運命を受け容れようと思った」

咲桜は清士に(うつろ)な目を当てる。

「成田さん、それでいいの?私が何回も『いつかは帰らなきゃ』って言ったせいでそう思ったんじゃないの」

「いいや、咲桜さんのその言葉は、僕を後押しする言葉だ。決して君の所為(せい)などということはない。いいんだ、これで」

清士はきりりとした眼差しを咲桜に向けた。

「でも、成田さん……私……」

咲桜は昨夜思いついた清士が戦争に行かず元の時代に帰る方法を話そうと思ったが、言葉がつかえて出なかった。捉え方によっては「実験」になってしまうこの方法では、正確に指定した時間に移動できる確率より失敗する確率の方が高かった。

「心配無用だ。僕は僕で、咲桜さんは咲桜さんで、お互い希望を持って強く生きてゆこうではないか」

清士の目には、言葉につかえた咲桜は自身との別れを惜しむ女性に見えていた。せめてもの励ましとして、自分は大丈夫だということを伝えてあげたいと思った。

静かな食卓、静かな通学。これまでで最も音の少ない1日である。雲の少ない晴れ空とは反対にどことなく暗い空気が流れ、どちらが話すでもなく、ただふたり並んで歩く。いつも通り黒い大きなバッグは清士の手にあり、駅の改札でバッグを渡し受け取り、手を振って別れる。咲桜のスマートフォンには、いつも通り電車を乗り換えた頃にメッセージが届く。

─今日も一日、元気で。

咲桜の目に涙が浮かんだ。突然の別れの宣告のような、こんなこと前にもあった、また急に目の前から消えていくんだ。清士に元の時代に帰ってほしいと思っていたはずなのに、どうして今は帰ってほしくないと思ってしまうのか。望んでいたはずなのに、それが現実になるのが嫌で、怖くて仕方がなかった。せっかく本人が決心したのだから(こころよ)く、そうでなくても快い顔をして見送るべきなのは分かっているが、清士がいなくなってしまえば、私は何になるのだろうか。またしがない大学生になるのか。清士との生活が日常になってしまった咲桜にとって、清士を失うことは自分の存在意義が消えて抜け殻のようになってしまうことを意味するように感じられた。
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