ショウワな僕とレイワな私
もう女性を呼ぶ声も、彼女の後を付いてくる足音も無くなった。しかし、女性は反対に音も声も聞こえなくなったことで不安になった。あの人はきちんと目的地に行けるのだろうか、駅もろく(・・)に出られなかったのに、そもそも「タクシーを使え」と言ったもののあの人はお金を持っていないみたいだったからタクシーにも乗れないのではないかと考えてしまい、(きびす)を返した。案の定、駅のすぐそばで口を開けたまま上を向いている人がいた。

「あの……ずっと上を向いて何してるんですか」

清士は、はっとして顔を下ろした。

「やはり、ここは僕が見たことのないところなんですよ。お嬢さん、ここは本当に東京ですか」

「東京駅から出てきたんだから東京じゃないんですか?逆にここが東京じゃなかったらどこなんですか……っていうか、お金がなくてどうやって生きてきたんですか?こっちが聞きたいことだらけなんですけど、財布を落としたとか?きっぷ代すらも払えないし、それに妙なマントみたいなの付けてるけど、その下に着てるのは学ランですよね?高校生?未成年がこの時間に外出てたら補導ですよ」

女性は立て続けに話し出して、清士は困惑した様子だった。

「実は急いで(うち)を飛び出したもんで、東京への片道切符しか買えなかったんですよ。あと僕は大学生だし成年者です」

女性は話を聞きながら、やっぱり振る舞いや話し方が普通じゃないと思った。

「大学生なら普通私服じゃないですか?もしかしてコスプレ?」

「お嬢さんね、何か僕のことを勘違いしているようだけれど、僕は本当に学生なんですよ。僕も目が覚めたらこんなところにいて訳が分からなくなっているのであって…信じていただけませんか」

「学生なら証明してくださいよ、学生証とか」

女性が手のひらを出して学生証を催促(さいそく)すると、清士はポケットから出した学生証を手渡し、女性は受け取った学生証を見て驚愕(きょうがく)した。渡された学生証は厚紙で、「學生證(がくせいしょう)」と右から左の横書きで書いてある。「法學部 成田清士」「昭和十七年 入學十九歳」という縦書きの印字と手書きの文字もあった。

「まさか……タイムトラベルしました?」

清士は聞きなれない言葉に耳を疑った。

「はあ」

「時間旅行のことです。何かのきっかけで過去や未来に移動してしまうという現象なんですけど、成田さんもそれじゃないんですか」
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