ショウワな僕とレイワな私
清士と咲桜は日が少し高く登った頃に東京の街に出た。昨日の雨や曇り空は遠くへ飛んでいってしまったような、すっきりとした晴天の日である。

「こんなに近くで良かったの?せっかくなんだからもっと有名なところとか、もうちょっと遠いところに行けばいいのに。時間も今日は朝から夜までいっぱいあるよ」

清士が行きたいと言ったのは八丁堀から程なく近い銀座の街と日比谷公園だった。咲桜はどうしてわざわざ近いところに行くのか理解できなかったが、清士は手を後ろに組みながら歩く。

「いいんだ、そこが僕の本当に行きたいところなんだ。僕は咲桜さんとこうして明るいうちから街に出られるというだけでも、とても嬉しくて胸が弾む思いだよ」

ふたりは軽い足取りで京橋から中央通りに入る。

「今日は平日だしまだ午前中だから人も多くないね」

休日の午後になると人が溢れるこの街は、普段と違って静かな街である。通りのお店はこれから開店するようで、スタッフが開店準備をしているところが多かった。

「銀座も本当に変わったな、面影も無いと言っていいほどかもしれないなあ」

清士にとっては歩道沿いの柳も川もなく市電の走っていない街並みがそもそも「変わった」と言う所以(ゆえん)なのだが、4丁目の交差点で歩みを止め、目と鼻の先にある建物を指差した。

「あれは変わらずだな」

「百貨店だよね。私はあんまり行かないけど、すごく綺麗な建物だし、あの時計塔がかっこいい」

ふたりが日比谷方面へ交差点を渡るとき、時計塔の鐘が銀座の交差点に鳴り響いた。

「咲桜さんは、日比谷公園へは行ったことがあるかい」

「もちろん行ったことはあるよ、東京育ちだし」

足音と声が反響する高架下を通り抜けると、また眩しい太陽の光が目の前を照らす。

「いま日比谷公園なんて見たらまた景色が変わったってびっくりするんじゃない?」

「もうどこを見たって驚かないさ、この変わり映えだからね」

悪戯(いたずら)に笑う咲桜と少し強がるような表情の清士は、さらに歩みを進める。

「大きな建物ばかりだなあ、道路は多くの自動車が行き交い、さらにその上に架かる橋の上は列車が通っている。何ということだ」

太陽の眩しさからか目を細める清士の視線の先は新幹線が通る橋である。

「これが成田さんの時代の未来の世界ってことだよ。みんながもっと豊かになって、便利な世界になった」

「便利な世界か……そう思うと僕も幾分(いくぶん)か心が救われるかもしれないね」

景色は段々と(ひら)けて、地下鉄日比谷駅の出口が見えるところまで来た。
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