ショウワな僕とレイワな私
清士の帰る日は、最後に見送りたいという咲桜の希望で次の日に授業が入っていない金曜日になった。清士が令和に来た時間に一番近い電車で、東京駅から中央線で新宿へ向かうことも話し合って決めている。日比谷公園に行った日から3日経ったが、ふたりにとっては3日が3時間に感じられてしまうほど惜しい残り時間であった。

「じゃあ今日は、1回私が大学から家に帰ってからね、10時過ぎたら東京駅に行こう。5時にまた八丁堀まで迎えに来てね」

いつも通り咲桜は清士と一緒に八丁堀まで送ってもらい大学に行くことにしたが、今日は清士を見送るために研究室に立ち寄らず、授業を受けるだけでまっすぐ家に帰ってくることにした。

「言われなくても迎えに行くさ。さあ、早く行ってらっしゃい」

「いってきます」

咲桜は改札前でいつものように手を振り、清士も咲桜が見えなくなるまでその姿を見届ける。咲桜が電車を乗り換えた頃には、普段と同じく清士からメッセージが届くのであった。

『ありがとう。今日も一日、元気で、楽しくやってゆこう』

飾り気のないメッセージだが、咲桜はそれが清士らしいと思った。電車に揺られながらこれまでの清士とのやりとりを見返すと、なんだかホッとするような気持ちになる。楽しい時も、辛い時もずっと側で見守って寄り添ってくれた大切な人。咲桜も「ありがとう」と返信した。

一方の清士は家に戻って普段の掃除や水やりを済ませてから、いよいよ元の時代に帰るための準備を始めた。クローゼットの奥に掛かっていた制服を出して、これまで読んでいた本をまとめて、咲桜から借りたものもテーブルの上に全て出す。さらに小さな手帳のページを開いて、何かを書き始めた。さらさらと流れるような鉛筆の音が部屋に響く。手帳を書き終わった清士はそのページをゆっくりと閉じて寝室にある咲桜の机の上に置いた。

時間は瞬く間に過ぎていき、そろそろ日も傾き始めた頃。時計を見た清士は八丁堀へ向かう。もうじき咲桜が駅に着く時間だ。マンションを出てアスファルトの道を踏みしめるようにゆっくりと歩く。もうこれで最後。改札前はいつもと変わらずまあまあな混み具合である。しばらく待っていると、改札を通る人々の中から咲桜が出てきた。

「成田さん、ただいま」

「おかえりなさい、咲桜さん」

ふたりは何も言わず、ただ遠くの景色を眺めながら家まで歩いて帰った。互いにこれが最後で数時間後に別れが来ることは承知であるが、その話題を切り出すことはできなかった。
< 43 / 63 >

この作品をシェア

pagetop