ショウワな僕とレイワな私
家に着いてからも決して明るい雰囲気はなかったが、ひどく暗いわけでもなく咲桜は夜ご飯を作り清士は本を読むという日常があった。

「今日の夕飯は何だい」

ひとしきり本を読み終えた清士はキッチンに向かった。

「大したものじゃないよ、普通のごはん」

咲桜はあえて最後だからといって変に凝った料理を作ろうとは思わなかった。炊き上がったご飯を茶碗によそって清士に渡す。そして咲桜も他の皿をダイニングへ運んであっという間にテーブルは和食の並ぶ食卓になった。ふたりは手を合わせて箸を手に取る。

「やっぱり、僕は咲桜さんの作る飯が好きだよ。これが食べられるのが一番の幸せだ」

「ちょっと大袈裟じゃない?」

咲桜は照れ隠しからかはにかんでいた。清士もその様子を見てつい笑みがこぼれる。その日で唯一、笑いのある瞬間であった。

「ご馳走さま」

夕食を食べ終えた清士は早々に席を立った。

「電車に遅れないようにね、準備してきて」

咲桜は食事の片付けをしながら、どこかに行った清士に声を掛ける。特に返事はなかったが、片付けが済んだ頃に清士は戻ってきた。

「あ……もう着替えたの」

そこには初めて会った日の昭和の大学生がいた。

「僕が借りていた服はどうすれば」

清士は片手に今日着ていたセーターを持っていたが、咲桜はそれをスッと自分の手に取った。

「捨てちゃお」

にやりと笑った咲桜はセーターを丸めて大きなゴミ袋に入れる。

「そろそろ行こっか」

この時代で清士が着ていた服は全て元々は大翔のものだったが、咲桜は清士との別れをきっかけに全て捨てようと決心した。清士は合鍵やスマートフォンを全て家の中に置き、玄関を出た。

「成田さんに最後にいいもの見せてあげるから、ちょっと楽しみにしてて」

咲桜は帰りの電車で清士へのサプライズを計画していた。プレゼントを渡すわけでもなく、ただなんでもないささやかなことだったが、きっと清士は喜んでくれるだろうと思った。やはり最後に何かしてあげたいという気持ちの表れで、そのサプライズを実行することにした。形あるものは渡せないので、思い出をプレゼントしようという考えだ。
< 44 / 63 >

この作品をシェア

pagetop