ショウワな僕とレイワな私
女性は今の年代について話し出した。

「もし成田さんが昭和17年、つまり1942年から来たとしたら、もう80年は経っていますね」

「僕は昭和十八年に生きていたはずだが、ここではすでに80年も経っているのか……信じられない、夢のようです」

清士はまた辺りを見回す。1943年よりも冷ややかで、それでも明るくて、少し暑さの残るこの街が80年後の東京の姿なのだ。

「昭和18年というと……1943年だったら、ちょうど80年後ですよ。今の世界は2023年なので」

「に、二千…?ちなみに、げ、元号は変わりましたか」

恐れ多そうな表情で恐る恐るその話題を出した清士は、少し口角が引いていた。

「今は令和です。令和5年。『令和』の字はこう書きます」

女性はバッグからペンを取り出し手の甲に書いて見せ、さらにその上に「平成」と書き足した。

「令和の前が平成。それで、その前が昭和です」

「はあ、こんなにも時代は変わったんだな。不思議なもんだ」

清士は時代を超えたことに少し感動した。

「まあ、この世界の話はほどほどにしといて、これからどうするんですか?私、家に帰りたいんで帰りますけど」

女性は、一晩だけだったら清士を家に泊めてもいいかなと考えた。

「お嬢さんの家に泊めていただけないだろうか、一晩だけで構いません」

一晩だけなら泊めていいなんて思ってしまうから、その通りになってしまった。女性は少し後悔したが、清士を家まで連れて行くことにした。

「ここから歩いて15分くらいのところです」

女性は本来は八丁堀駅まで向かってそこから家まで歩くのだが、改札を出てしまった以上また駅に入るのも面倒だし、何より清士が運賃を払えないので東京駅から歩いて帰ることにした。

「そういえば成田さんの学生証見た時に、19歳で入学って書いてあるの見たんですけど、成田さんって一浪(いちろう)ですか?」

女性は旧制大学のことを詳しく知らなかったので、清士に対して現在の学校制度のつもりで話した。

元来(がんらい)、大学というのは二十歳(はたち)から入学できるもので十九(じゅうく)で入学したのは高等学校が1年切り上げられたためです。それから僕は一郎(いちろう)ではなくて清士です」

「『イチロウ』って名前の『一郎』じゃなくて『浪人』の方なんですけど……それにしても、どうして高校が1年少なくなったんですか」

「戦局が悪化したためですよ。お嬢さんもご存知かもしれませんが、僕がいた1943年は、大東亜戦争(だいとうあせんそう)*で兵士が不足しているから、僕たち学生も戦地に()かなければならないかもしれぬという状況なんです」
*大東亜戦争…第二次世界大戦中に東南アジア〜太平洋等で展開されていた戦闘。広く太平洋戦争と呼ばれるが、戦時中の日本ではこの名称が使われた。

「なるほど、それで成田さんは1年早く入学したんですね」

女性は清士の話を聞いて、もしかしたら高校からそのまま進学することを考えれば浪人という概念がないのかもしれないと考えた。実際、旧制大学に通う人はエリートだと言われたものだ。その一方で、女性は戦争で教育にも影響が出るということを初めて知った。
< 5 / 63 >

この作品をシェア

pagetop