ショウワな僕とレイワな私
夜になって家に帰ってきた父の書斎(しょさい)に駆け込んだ清士は、(まく)し立てるように話し出した。

「父さん、僕は縁談を受けないと言ったじゃあないですか。今日、春子ちゃんが(うち)に来て、嫁に貰ってくれと言ったんですよ。僕はもう……たまったもんじゃないですよ、父さんにはあれだけ結婚しないと伝えたじゃあないですか」

父は頓狂(とんきょう)な声を出す。

「春子ちゃんが?それでお前はどうしたのかね」

「当然お断りしましたよ、僕は誰とも結婚しないと、そう伝えました」

きっぱりと言い捨てた清士だったが、父は顔を手で覆って肩を落とした。

「お前は、私が父としての情けを掛けているのが分からんのか」

「もうじき死へ向かう僕には情けなど無用です」

清士は部屋に戻り机に向かった。いつ自分に召集令状が来ても、大学から話が来てもいいようにいくらかの手紙を(したた)めることにした。封筒が5枚、それぞれの中央に記してゆく。

『成田清蔵(せいぞう)殿』『成田ひろの殿』『成田清義殿』『松原春子様』『遺書』

丁寧に書き上げた後、便箋と一緒にもう一枚の封筒を出した。清士はその封筒に万年筆の先を置こうとしたところで手が止まる。しばらく考えて、万年筆は動き出した。紙の上にインクが広がる。

『大戸咲桜様』

書き上がった封筒には咲桜の名前があった。

何を書こうかと思案しながら、それぞれの便箋に文章を書く。父には最後まで立派な長男でいられなかったことを詫びて縁談を受け付けなかったことの許しを()い、母には産み育ててくれたことを感謝し、清義には弟としてよく生きることを望み、春子には冷淡に嫁入りを断ったことを謝って、咲桜には元気に過ごしているかを尋ねる。そして遺書にはある秋の晩に体験した令和の世界について記した。

『僕は、令和という未来で咲桜さんという強く美しい、大変頼もしい女性に出会いました。僕にとっては、彼女は最初で最後の恋愛、最も貴い(ひと)です。どうか僕が死んだら、令和六年の一月に僕が咲桜さんに宛てた手紙を届けてください。最後の頼みです。ただその手紙を送っていただければ僕はそれで良いのです』

この手紙を書いた数日後、動員の知らせと壮行会が行われた。
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