ショウワな僕とレイワな私

「とりあえず、何か服を変えないとね」

咲桜はクローゼットに向かい、元彼の服を漁る。もう半年も前に別れた男だが、同棲していた割にはひどい喧嘩もせず静かに別れたこともあってか家に置いてある彼のものは未だに処分していなかった。こんなところで役に立ってしまうとはと思いながら、使えそうな服を探す。5着くらいの洋服を持ってリビングに戻る。

「大戸さん、その服は……」

「いつまでもその制服を着てるわけにもいかないでしょ。それに少し目立っちゃうかもだし、動きやすい服装の方がいいかなと思って……ごめんね、お箸に続きまた元彼のだけど、着やすそうなの選んできたよ」

清士は早速、咲桜が持ってきた服を物色している。

「これが80年後の服装か、どれも内地*のものではなさそうだな……ところで、咲桜さんがずっと言っている『もとかれ』というのはいったい何なんだい」
*内地: 大日本帝国時代の日本固有の領土（北海道から沖縄まで）の呼び方。

清士は「元彼」という言葉を知らなかった。

「『元彼』って、元彼氏……いや、うーん、難しいな。前に付き合ってて別れた人……あ、元恋人ってこと！」

咲桜はちょうどいい言葉を見つけた。清士も納得した様子だ。

「元恋人という意味なのか。僕は誰が使っていたかは全く気にしないから遠慮なく『もとかれ』のものを出してくれ」

清士は咲桜が持ってきた服の中から適当なものを取って着てみる。

「そもそも、大戸さんはどうして恋人と別れたのかい。箸や服があるということは一緒に住んでいたのだろう」

「まあね、住んでたけど。急に別れるって言われて、向こうから出て行った」

緑色のパーカーからひょこっと顔を出した清士は、怪訝な表情をしている。

「よく分からない男だな」

「うーん……私も分からないままって感じだよ。もう半年も前のことなのに、今でも悩んでるなんてちょっと馬鹿みたい」

清士は少し落ち込んだ様子の咲桜に向かい合って、真っ直ぐと彼女の目を見た。

「人というものは、生きていれば必ず悩み事が出てくるものだ……大戸さんが悩んでいるのと同じように、僕にも悩み事のひとつやふたつなんてあるものさ。だから、そう落ち込まず明るい気持ちでいてくれ」

「うん……ありがとう、成田さん」

2人は身支度を済ませ、茅場町駅に向かう。

「今の東京は地下鉄とか電車で移動することがほとんどだから、駅に着いたら成田さんの分の交通カードも作っておこうね」

咲桜は自分のカードを出して、改札でタッチする仕草をして見せる。

「これがきっぷの代わりになるの。改札にこうやってピッて当てたら、それで改札を通れる仕組みになってる」

「はあ、この時代の切符はそのカード1枚で済むのか。不思議なもんだなあ」

足並みを揃えて駅に着いた2人は、電車に乗り区立図書館へ向かった。