魔女のはつこい
恐怖の名残の動悸で心臓が痛い。
短い間隔の呼吸が耳に響く。セドニーの頬に乗せていた前足を外すと、アズロはすぐにセドニーの身体から降りて彼女の顔の横に座った。
未だにさっきまでの恐怖を伴った衝撃から抜け出せないセドニーはその様子を目に映すだけで視線も動かせないほどだった。やがて呼吸がすこしずつ穏やかになり、目の端に映っていた黒猫の方へと顔を向ける。
「…猫。」
「これなら怖くはないか?セドニー。」
「え!?」
声の発信者である黒猫は窺うように顔を少し近づけてくる。金色の瞳、黒色の身体はまさにさっきまで目の前にいた黒ヒョウと同じものだ。
さっきの男の人が黒ヒョウになって、黒ヒョウが猫になった?本当かどうか怪しい式が頭の中に浮かんでセドニーの眉間にしわが出来る。
「あ、あなた…えっと、さっきの人なの?」
セドニーの言葉にアズロは頷いて答えた。
「怖がらせてしまったが、さっきまでの黒ヒョウの姿が俺の本来の姿だ。今のこの姿はまあ、人の姿と同じで仮のものだな。とにかく俺は黒ヒョウの魔獣で対の魔女を探している。その対の魔女がセドニー、貴女だと確信している。」
その事を覚えていてほしいと可愛らしい姿で告げられても混乱が治まるわけではなかった。不安が表情に出てしまい、それを見たアズロは申し訳なさそうに頭を下げる。
「怖がらせてすまなかった。まだ混乱もしているだろうし、明日また話をさせて欲しい。」
セドニーの心境が伝わったのか、アズロは小さく頷くとほんの少し身を引いてまた明日会いに来るとベッドから降りた。
「女性の部屋から夜に男が出入りしたと知られたら外聞がよくないだろう。今日はこの姿のまま窓から帰ることにする。」
そう言うなりアズロはまるで本物の猫の様に窓の冊子に飛び乗った。可愛らしい前足で強く押せばゆっくりと窓は開く。
「突然申し訳なかった。ではまた明日…。」
「あ、あの。」
まだ早い鼓動を落ち着かせるように胸に手を当ててセドニーは身体を起こした。
呼び止められ何かと猫の姿のアズロは髭をピンと伸ばして顔をセドニーに向ける。
「ごめんなさい…せっかく名乗ってくれたのに貴方の名前忘れちゃった…。」
何故引き留めようとしたのか、引き留めようとして名前を忘れてしまったことに気を取られて内容を忘れてしまった自分のポンコツ加減に呆れてしまう。
淡々とした口調でまた名乗ってくれるだろう、なんとなくそんな予感がしてセドニーは彼の言葉を待ったのだが。
「はは。驚かせたからな。俺が悪かったから気にしなくていい。俺の名前はアズロだ。」
予想外に笑顔を見せたアズロにセドニーは驚いた。その顔は一番最初に見せた不敵な笑みとは違う、はにかむような優しい笑顔だ。その姿にセドニーは恐怖とは違う胸の高鳴りを感じた。
「アズロ…。」
「ああ、アズロだ。おやすみ、セドニー。また明日。」
トンっと軽やかな音をさせてアズロはそのまま夜の闇へと溶けるようにいなくなってしまった。
もう誰もいない窓をしばらく眺めてセドニーは息を吐く。
最後に見せたあの笑顔、人間の姿だったらどんな表情だったのだろうか。そんな事を思って頭を何度も横に振った。
いったい自分は何を考えているのだ。
とにかく大変なことになったともう一度大きなため息を吐いて窓をしっかり閉めて鍵をかけた。明日は朝一番に師匠に相談をしなければいけない。
窓の向こうは月の光にも負けない幾多の星が瞬いていた。
短い間隔の呼吸が耳に響く。セドニーの頬に乗せていた前足を外すと、アズロはすぐにセドニーの身体から降りて彼女の顔の横に座った。
未だにさっきまでの恐怖を伴った衝撃から抜け出せないセドニーはその様子を目に映すだけで視線も動かせないほどだった。やがて呼吸がすこしずつ穏やかになり、目の端に映っていた黒猫の方へと顔を向ける。
「…猫。」
「これなら怖くはないか?セドニー。」
「え!?」
声の発信者である黒猫は窺うように顔を少し近づけてくる。金色の瞳、黒色の身体はまさにさっきまで目の前にいた黒ヒョウと同じものだ。
さっきの男の人が黒ヒョウになって、黒ヒョウが猫になった?本当かどうか怪しい式が頭の中に浮かんでセドニーの眉間にしわが出来る。
「あ、あなた…えっと、さっきの人なの?」
セドニーの言葉にアズロは頷いて答えた。
「怖がらせてしまったが、さっきまでの黒ヒョウの姿が俺の本来の姿だ。今のこの姿はまあ、人の姿と同じで仮のものだな。とにかく俺は黒ヒョウの魔獣で対の魔女を探している。その対の魔女がセドニー、貴女だと確信している。」
その事を覚えていてほしいと可愛らしい姿で告げられても混乱が治まるわけではなかった。不安が表情に出てしまい、それを見たアズロは申し訳なさそうに頭を下げる。
「怖がらせてすまなかった。まだ混乱もしているだろうし、明日また話をさせて欲しい。」
セドニーの心境が伝わったのか、アズロは小さく頷くとほんの少し身を引いてまた明日会いに来るとベッドから降りた。
「女性の部屋から夜に男が出入りしたと知られたら外聞がよくないだろう。今日はこの姿のまま窓から帰ることにする。」
そう言うなりアズロはまるで本物の猫の様に窓の冊子に飛び乗った。可愛らしい前足で強く押せばゆっくりと窓は開く。
「突然申し訳なかった。ではまた明日…。」
「あ、あの。」
まだ早い鼓動を落ち着かせるように胸に手を当ててセドニーは身体を起こした。
呼び止められ何かと猫の姿のアズロは髭をピンと伸ばして顔をセドニーに向ける。
「ごめんなさい…せっかく名乗ってくれたのに貴方の名前忘れちゃった…。」
何故引き留めようとしたのか、引き留めようとして名前を忘れてしまったことに気を取られて内容を忘れてしまった自分のポンコツ加減に呆れてしまう。
淡々とした口調でまた名乗ってくれるだろう、なんとなくそんな予感がしてセドニーは彼の言葉を待ったのだが。
「はは。驚かせたからな。俺が悪かったから気にしなくていい。俺の名前はアズロだ。」
予想外に笑顔を見せたアズロにセドニーは驚いた。その顔は一番最初に見せた不敵な笑みとは違う、はにかむような優しい笑顔だ。その姿にセドニーは恐怖とは違う胸の高鳴りを感じた。
「アズロ…。」
「ああ、アズロだ。おやすみ、セドニー。また明日。」
トンっと軽やかな音をさせてアズロはそのまま夜の闇へと溶けるようにいなくなってしまった。
もう誰もいない窓をしばらく眺めてセドニーは息を吐く。
最後に見せたあの笑顔、人間の姿だったらどんな表情だったのだろうか。そんな事を思って頭を何度も横に振った。
いったい自分は何を考えているのだ。
とにかく大変なことになったともう一度大きなため息を吐いて窓をしっかり閉めて鍵をかけた。明日は朝一番に師匠に相談をしなければいけない。
窓の向こうは月の光にも負けない幾多の星が瞬いていた。