魔女のはつこい
「聞いたでしょ!?あいつ夜遅くにセドニーの部屋に押し入ったのよ!?未婚の、一人暮らしの、女の子の部屋に!偉そうに上から物申して詰め寄って壁際まで追い詰めて、驚かせて…ベッドに押し倒して!!!」
「え…そこまで言いましたっけ?」

聞いたことがない金切り声で昨夜のセドニーが置かれた状況を叫ぶ。そこまで詳細に話した覚えがないセドニーは眉を寄せて首を傾げたが、横に並ぶアズロは改めて昨日の非常識さを突き付けられて顔を青くした。

その様子を横目で見たセドニーは昨日も丁寧に謝っていたなとぼんやり思い出す。

「猫の姿になれば全部チャラになると思ってんのか!!?女をなめるんじゃないわよ!去勢してやる!!」

完全に怒りで我を忘れたラリマは鬼のような形相で右手の中に水を生み出し渦潮のようなものを作り上げた。魔法屋の仕事上では滅多に見ることはないが、それがどういうものかすぐに分かる。

これは攻撃魔法だ。

「師匠!師匠、落ち着いて!!」
「よくもウチのセドニーに手を出してくれたわね!!このエロ男ー!!」
「師匠!!話を…っ!」

焦って必死にラリマを止めようとするセドニーの横で、たじろぎながらも自分の仕出かした罰を受ける覚悟を決めたアズロの表情が強張る。

「アズロ!逃げて!!」

逃げる様子のないアズロにセドニーの焦りが頂点に達した時だった。

「落ち着けって。」
「ぎゃ!」

タイガが温度の変わらない声と共に、ラリマの髪の毛を力任せに思い切り後ろに引っ張り今にも息の根を止めに行きそうな勢いを止める。鈍い音と握りつぶしたような声が間抜けにも部屋の中に響いた。
さっきからセドニーの知らない師匠の姿の連続に最早驚くのも疲れてきたらしい。
うわ、痛そう。そんな言葉がつい口から漏れてしまった。首から鈍い音が聞こえたのは気のせいであって欲しいと願う。

「何するの、タイガ!」
「落ち着けと言っている。弟子が困ってるぞ。」
「ええ?」

何言ってるんだと凄む様にセドニーを見れば、確かにタイガの言う通り引き攣った顔の弟子がこちらを見ていた。

「やだ!ごめんね、セドニー。びっくりさせたわよね。」
「それは…はい。」
「そうよね、でも私どうしても許せなくて…だってこの男…そうよ、この男!デカい黒ヒョウの姿でセドニーを!!!」
「だから落ち着け。」
「ぎゃ!」

それからラリマの怒りがある程度落ち着くまでこの寸劇は繰り返された。思い出しては怒り、落ち着けと引っ張られて緊急停止。これに関してセドニーもアズロもどう対処していいのか分からないらしく、アズロに至っては黙ったまま甘んじて罵声を浴びせられ続けた。

「タイガ、首が痛いわ…。」
「薬でも煎じて貰え。」

何度目かの、ぎゃ!を聞いたところでついにラリマの首がとうとう限界を越えたらしい。とりあえずソファに座ることを許された二人はラリマの向かいに腰掛けることにした。
しかし。

「座らないの?」

横に並んで座ると思っていたアズロはセドニーの斜め後ろに控える様に立っていた。不思議にもそれは目の前のタイガと同じ位置だ。ラリマが座るその斜め後ろに彼も当然の様に立っている。
これはセドニーが初めて魔法屋に来た時から見る形だったから何も思っていなかったが、よくよく考えると不自然な気がして疑問符を浮かべた。

「俺たち魔獣はこういう場ではあまり座らない。」
「そうなの?でも…。」

せっかく師匠が座るように言ってくれたのにと、ラリマに対して申し訳なくなりセドニーは視線をラリマに送った。おそらくラリマの様子が気になったのだろう、しかしラリマの反応はセドニーが心配していたものではなく穏やかだった。

「ふふ。特に自分より高位の魔獣がいるなら尚更、そうよね?」
「ああ。」

アズロの真意を知ってかラリマがそう問いかければアズロが頷く。肯定の言葉を告げたアズロの視線の先にはタイガがいた。

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