魔女のはつこい
5
実家にいた頃、朝日はいつもセドニーの目覚まし代わりだった。
学校に行く前に家の手伝いをする。この街は自給自足が基本だから農作物や鶏の世話もセドニーの役割だった。少なくとも自分はそう思っていた。
でも今日は朝日よりも早く身体を起こす。今日は朝の挨拶も早々に師匠の元に戻るつもりだった。それでも十分に間に合う距離だ。もちろんそれにはアズロの助けが必要不可欠だった。
下手に動くとアズロが起きてしまうかもしれない、そう思ってずっと部屋にこもっていたがさすがに喉が渇いてしまった。なるべく物音を立てないように気を付けながらセドニーは台所の方へ静かに歩いていく。
しかしいると思っていた場所にアズロの姿は見当たらなかった。ふと昨日の出来事を思い出したセドニーは心配になって玄関から外に出て様子を窺う。見える範囲にはアズロの姿はなく、もう少し離れた場所かと外に足を踏み出した時に頭上から声がかかった。
「セドニー、どうかしたか?」
まだ日が昇る前の暗闇の中、影の多い月は光が弱く星のあかりに助けてもらっても難しい。屋根の上に闇に溶け込む黒ヒョウ姿のアズロを見つけた。
でもその金色の瞳だけは怪しく輝いている。
「アズロ?どうしてそこに?」
「ああ、念のための見張りだ。慣れ親しんだ場所ではないから警戒をしていた。」
「そうなの?…ごめんね、ありがとう。」
言葉を交わしながらセドニーの所に降りてくるアズロは問題ないと首を横に振った。自分で判断したことだと告げると今度はセドニーを心配するように見上げてきた。じっと探るような視線はセドニーの眠りが十分でなかったことに気付いてしまったようだ。
「眠れなかったのか?」
「うん…ちょっとね。」
「師の所に戻ってからも何か試験があるかもしれない。目を閉じるだけでもいいから休んだ方がいい。」
「…うん、そうだね。」
「大丈夫だ。セドニーなら無事に合格出来る。」
卒業試験に緊張していると思っているアズロは優しい声でセドニーに寄り添う。それはいつものアズロで、昨日の父親とのやりとりを聞いてしまったセドニーにとっては少し辛いものがあった。
この優しさは全てアズロの使命感の一つだ、自分の対となる魔女への労わりと情けが優しい言葉を生み出している。やはりその事が寂しくてうまく笑顔が作れなかった。
「ありがとう…。」
「セドニー、どうかしたのか?」
「ううん。落ち着かないだけだよ。」
「…セドニー?」
アズロはどこまでも真っすぐにセドニーを見てくれる。それはこの先もずっと変わらないだろう。間違いなくアズロはセドニーから離れることはない、それでも失恋をしたような張り裂けそうな気持になるのはどうしてだろう。
顔が熱い、手が震える、鼻の頭がツンとする。ああ、涙が出るのだとセドニーが理解するころには遅かった。
「…どうした。セドニー。」
困ったように眉を下げたアズロが見上げている。堪えきれない涙にセドニーはせめて声は出すまいと手の甲で口を押えた。はらはらと涙が溢れては落ちていく。
ああ、どうしよう。呼吸も震えて力が出ない。
「セドニー。」
アズロが困っているのが声色で分かった。でもセドニーは大丈夫という仕草でさえも出来ないくらいに身体も心も縮こまってしまっているのだ。アズロがまた一歩近づいて首を伸ばしてくれるがセドニーには応えることが出来なかった。
彼女が泣いている理由は分からない。それでも、何とかしてあげたいとアズロは姿を人の形に変えてセドニーを抱きしめた。この身体だと抱きしめて包むことが出来る。しかし抱きしめたことでよりセドニーの震えを感じて胸が痛くなった。
「教えてくれ。何がそんなに心を乱してるんだ?」
低くささやく声は不安の色も混じっている。心配かけてはいけない、困らせてはいけないと分かっていても涙が止まらない以上はセドニー自身もどうしようも出来ない。
とりあえずセドニーを落ち着かせようと、アズロは彼女を抱えて建物や農地のない人が来ない方へと歩いて行った。
学校に行く前に家の手伝いをする。この街は自給自足が基本だから農作物や鶏の世話もセドニーの役割だった。少なくとも自分はそう思っていた。
でも今日は朝日よりも早く身体を起こす。今日は朝の挨拶も早々に師匠の元に戻るつもりだった。それでも十分に間に合う距離だ。もちろんそれにはアズロの助けが必要不可欠だった。
下手に動くとアズロが起きてしまうかもしれない、そう思ってずっと部屋にこもっていたがさすがに喉が渇いてしまった。なるべく物音を立てないように気を付けながらセドニーは台所の方へ静かに歩いていく。
しかしいると思っていた場所にアズロの姿は見当たらなかった。ふと昨日の出来事を思い出したセドニーは心配になって玄関から外に出て様子を窺う。見える範囲にはアズロの姿はなく、もう少し離れた場所かと外に足を踏み出した時に頭上から声がかかった。
「セドニー、どうかしたか?」
まだ日が昇る前の暗闇の中、影の多い月は光が弱く星のあかりに助けてもらっても難しい。屋根の上に闇に溶け込む黒ヒョウ姿のアズロを見つけた。
でもその金色の瞳だけは怪しく輝いている。
「アズロ?どうしてそこに?」
「ああ、念のための見張りだ。慣れ親しんだ場所ではないから警戒をしていた。」
「そうなの?…ごめんね、ありがとう。」
言葉を交わしながらセドニーの所に降りてくるアズロは問題ないと首を横に振った。自分で判断したことだと告げると今度はセドニーを心配するように見上げてきた。じっと探るような視線はセドニーの眠りが十分でなかったことに気付いてしまったようだ。
「眠れなかったのか?」
「うん…ちょっとね。」
「師の所に戻ってからも何か試験があるかもしれない。目を閉じるだけでもいいから休んだ方がいい。」
「…うん、そうだね。」
「大丈夫だ。セドニーなら無事に合格出来る。」
卒業試験に緊張していると思っているアズロは優しい声でセドニーに寄り添う。それはいつものアズロで、昨日の父親とのやりとりを聞いてしまったセドニーにとっては少し辛いものがあった。
この優しさは全てアズロの使命感の一つだ、自分の対となる魔女への労わりと情けが優しい言葉を生み出している。やはりその事が寂しくてうまく笑顔が作れなかった。
「ありがとう…。」
「セドニー、どうかしたのか?」
「ううん。落ち着かないだけだよ。」
「…セドニー?」
アズロはどこまでも真っすぐにセドニーを見てくれる。それはこの先もずっと変わらないだろう。間違いなくアズロはセドニーから離れることはない、それでも失恋をしたような張り裂けそうな気持になるのはどうしてだろう。
顔が熱い、手が震える、鼻の頭がツンとする。ああ、涙が出るのだとセドニーが理解するころには遅かった。
「…どうした。セドニー。」
困ったように眉を下げたアズロが見上げている。堪えきれない涙にセドニーはせめて声は出すまいと手の甲で口を押えた。はらはらと涙が溢れては落ちていく。
ああ、どうしよう。呼吸も震えて力が出ない。
「セドニー。」
アズロが困っているのが声色で分かった。でもセドニーは大丈夫という仕草でさえも出来ないくらいに身体も心も縮こまってしまっているのだ。アズロがまた一歩近づいて首を伸ばしてくれるがセドニーには応えることが出来なかった。
彼女が泣いている理由は分からない。それでも、何とかしてあげたいとアズロは姿を人の形に変えてセドニーを抱きしめた。この身体だと抱きしめて包むことが出来る。しかし抱きしめたことでよりセドニーの震えを感じて胸が痛くなった。
「教えてくれ。何がそんなに心を乱してるんだ?」
低くささやく声は不安の色も混じっている。心配かけてはいけない、困らせてはいけないと分かっていても涙が止まらない以上はセドニー自身もどうしようも出来ない。
とりあえずセドニーを落ち着かせようと、アズロは彼女を抱えて建物や農地のない人が来ない方へと歩いて行った。