身ごもり一夜、最後のキス~エリート外科医の切なくも激しい執愛~
妊娠


梅雨が終わり、季節は夏になった。
七月半ばにもなるとエントランスに近い事務室では汗をかき、制服のブラウスにじわりと染みる。
そのたびにハンカチで襟の中を拭き取った。
前髪の間の汗を手の甲で拭い、空になったバインダーを抱えて診察室から事務室へと戻る。
「おかえり」
真緒ちゃんが小さく手を振っていた。
「ただいま」
「さっき戸田製薬の人が、星来ちゃんいないんだねって言ってたよ」
「あ、いつもの人だ」
「そうそう。あの人たぶん、星来ちゃんのこと好きだよ」
歯を見せて笑った真緒ちゃんに「えっ」と戸惑う。
戸田製薬の営業さんとは、クールビズのスーツに青い社員証をポケットに入れているあの人のこと。
たしかによく話しかけてくれるけど、そんな意図があるとは知らなかった。
「だから言ってあげたの。スーパードクターと婚約してますよーって。すごく残念そうにしてた」
「もう、真緒ちゃん……」
「星来ちゃんって妖精さんみたいにかわいいのにもう人妻なんだもん、私ニヤニヤしちゃう」
〝妖精〟と言われたのは二度目だ。
アキくんに言われたんだ、と思い出してドキリと胸が鳴った。
二か月前のあの日から会えていない。
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