兄の子を妊娠しました。でも私以外、まだ知りません 〜禁断の林檎を残せるほど、私は大人じゃないから〜
「ただいまー……」

扉を開けてすぐ、私は現実に引き戻される。
暗い廊下。
玄関の近くの扉の下からはうっすら灯りが漏れている。

「お母さんーただいまー」

もう1度呼んでみるが、カタカタとキーボードを打ち込む音が虚しく廊下に響く。

私は、いつものように自分の部屋へと急いで駆けた。
母とは、最近いつ会話しただろうか。
生物として生きていくには、特に必要がないからだ。

ご飯は、いつも用意されている。
ただし、ご飯を作ったのは母ではない。
家政婦さんだ。

ハンバーグも、オムライスもカレーも。
私は母の味を知らない。
物心ついたころから、同じ時間にやってきて、同じ時間に帰っていくかりそめの母の味しか、食べたことはない。

服は、いつもお小遣いをくれるので、勝手に好きなものを買いに行く。
原宿の竹下通りで、友達が安いものを頑張って探しているのを横目に、お金を気にせず欲しいものを好きなだけ買える。

家はもちろんある。
床暖房完備で、暑いも寒いも、この家にいる限りはない。

生物としてはとても幸せ。
だけど、満たされない。

母とは何者か、私は知らない。
母が今、どんな顔をしているか知らない。
そして、父という存在は、どこの誰かも知らない。

それが私……。
< 38 / 136 >

この作品をシェア

pagetop