一途な部長は鈍感部下を溺愛中
部長をちらっと見上げたが、こちらを見ているわけでもない。
ただその手の力が、彼から立ち上る雰囲気が、自分だけ逃げることは許さない、とそう告げていた。
そんな私たちの様子に、黒木さんの凛々しい眉が不機嫌そうに跳ね上がる。
そして黒木さんが私に向かって何かを言おうと口を開いた時、被せるように氷柱の如く鋭く冷たい声が東雲部長から発せられた。
「お気遣いありがとう。ただ、既に先約があるので遠慮させて頂こう」
ちっともありがたいだなんて思っていないような声色だ。
黒木さんも流石に戸惑うように瞳を揺らしたが、すぐにまた艶やかな笑みを浮かべ「そう連れないこと仰らず……」と白魚のような指先を、東雲部長の腕に絡めようとする。
「──触らないでくれ」
しかしその指先は、先程よりもワントーン低い声に拘束されたように止まった。
東雲部長の、凍えるように冷たい視線が黒木さんを射抜く。その瞳の奥には、僅かな嫌悪と怒りが混じっていた。
「俺は、君に今話しかけられるまで話したこともなければ、君の名前も知らなかった。知り合いでも何でもない女(やつ)に気安く触られるのは好きじゃないんだ」