一途な部長は鈍感部下を溺愛中
epilogue
「……ねえやばい、本当だったんだ……」
「何が?」
「あの、人事のめちゃくちゃかっこいい人、既婚者だってやつ……」
どんよりと雨雲を背負ったような声だった。そこに、ええ! と高い声が重なる。
「信じてなかったの? 相手の女の人のこと、溺愛してるらしいよ」
「羨ましすぎる〜! さっきすれ違った時にさあ、綺麗な指輪が輝いててもう……」
「やだ本気で狙ってたの? 高嶺の花でしょあれは」
ドンマイ、とあんまり慰めるつもりもなさそうな声が後ろから聞こえて、私は自然と足を速めてしまった。
そこに、苦もなく並ぶスーツに包まれた長い足。
「俺の愛がちゃんと周りに伝わってるようで何よりだ」
満足そうに頷く聖さんに、顔が熱くなる。
あんな大きな声で騒がれて、恥ずかしくないんだろうか。
「……高嶺の花、らしいですよ?」
意趣返しでちらりと見上げれば、聖さんは一瞬目を丸くして、しかしすぐに目を細めた。──あ、これは失敗した。
廊下の真ん中だというのに、聖さんは私の前に回り、肩を流れる黒髪をひと房掬うと、そこに口付ける。
まるで絵本から王子様が抜け出してきたかのようだった。
パクパクと真っ赤な顔で声にならない叫びをあげる私に、麗人は愉しそうに微笑む。