一途な部長は鈍感部下を溺愛中
焦り始める私に、聖さんはにこりと笑う。
「君のことを見てると、たまに、無性に虐めてやりたくなる時があるんだよなあ」
怖い怖い怖い。
聖さんの笑顔に倣うようにへら……と笑って見せたものの、その笑みは崩れない。
そのまま顔がどんどん近付いてきて、とうとう私は叫び声を上げた。
「ぎゃー! 待ってください! ここ会社です!」
「誰も見てないから大丈夫」
「そういう問題じゃ……!」
誰も見てないってそれ、今誰もいないだけでは……!?
必死の抵抗も虚しく、すり、と額同士がぶつかり合う。視界にはどこか熱っぽい琥珀の太陽が広がり、吐息が唇を擽った。
もう駄目──! ぎゅっと目を瞑ったその時。
「きゃっ……!」と私のものではない悲鳴が聞こえて、私たちは顔を寄せあったまま後ろを振り向いた。
「ご、ごめんなさい私たち……!」
そこには、先程まで聖さんの噂をしていた新人の女の子が二人。
顔を真っ赤にして口元に手を当てている彼女たちに、私はざあっと血の気が引いた。
違うの! と叫ぶも時すでに遅し。
“東雲聖には溺愛する妻がいる。”
まことしやかに囁かれていたそんな噂が、
“東雲聖は同じ部署の東雲瑞稀を溺愛している”
明日にはそう変わることを、満足気な笑みを浮かべて何も言わない聖さんの代わりに、彼女たちへ必死で弁解していた私には、知る由もなかったのだった。
FIN.