一途な部長は鈍感部下を溺愛中
「いやいや、結構本気だよ。聖くんがいつまでも部長の席に居たら、下の子が昇進できなくて可哀想じゃない」
「その時はその時で、配置も含めきちんと考えます。俺自身が妨げになるようなことはしない。でもそれは、今じゃない」
と、正論を並べてみたところで、男の綺麗な笑顔は崩れない。
俺は睨むように目を細め、やがて、態とらしく溜息をつきながら吐き捨てた。
「……異動、社長命令なら逆らいませんけど。もう一人、連れてきますからね」
答えると、底意地の悪い笑みを見せていた表情が、パッと子供のような無邪気なそれに変わった。
「へえ、誰を連れてくるの?」
「そこまで言わせんのか」
ムカつく。思わず軽蔑するような眼差しを投げると、明るい笑い声が弾けた。
この人の、何を言っても、何をしても響かず、常にこちらが掌の上で弄ばれているようでしかないところが苦手だ。
じっと無言で笑い続ける男を見る。ヒィヒィ言いながら腹を抱えて笑っていた男は、目尻に滲んだ涙を拭いながら、俺に謝ってきた。
「ご、ごめんごめん。いやあ、あの噂は本当だったんだね」
「噂?」
「念願叶ってあの子と上手くいったそうじゃないか、おめでとう」
「…………」
そういえば、噂になってるって横山が言ってたな。
狭いコミュニティ内だけの話かと思ってたが、社長様の耳にまで届くとは、本当に広く騒がれているらしい。……放っておいてくれればいいものを。
「いやあ、ほんと、聖くんを人事部に任命した瞬間に発動してきた職権濫用を、今でも鮮明に覚えてるよ……。
『一人どうしても引き抜きたい子がいる』なんて言うから、どんな優秀な社員を持ってくるつもりかと思ったら、まだ派遣社員の女の子なんだもんなあ」
まあ、確かに、あれは逆の立場でも同じように耳を疑ったに違いない。