一途な部長は鈍感部下を溺愛中
そのまま彼女がカウンターまで走り寄り、こちらへと身を乗り上げてくるから、こちらも恐る恐る近付く。
カウンターの幅だけを挟み向き合うと、今までに無いくらい近くに彼女の存在を感じた。
そして、そのままふわりと可憐に微笑まれて、ドッと勢いよく血が駆け巡る。まるで、強い美しさばかりを主張する毒々しい花の陰に、ひっそりと咲く野花のような笑顔だった。
「もしよければ……これ」
こちらの心臓を射抜くような衝撃に目を見開いたまま何も言えず固まる俺に、白くて小さな手が、何かを乗せて差し出してくる。
「え、」
「ここ数日、すごく疲れているようだったので。……あっ、で、でもこんないきなり、ご迷惑でしたよね!」
戸惑っている間に、柔らかそうな手が閉じてしまいそうになったので、慌ててその手を両手で包み込むように引き止めた。
「い、いる!」
焦りすぎて、それしか言えなかった。
体の不調に気付いてくれた人なんて、居なかった。いや、居たのかもしれないが、こんな風に気を遣われることは無くて。
差し出された手も、向けられる視線も、ただただ心地が良いばかりで、ささくれ立った心が穏やかに凪いでいく。
ずっとそばに居てくれたら癒されるだろうな。そんな風に思って、そんなことを思った自分に驚愕した。
「ッ! いや、すまん。……ありがとう、嬉しいよ」
慌てて手を離すと、彼女はホッとした顔で手を開き、銀紙に包まれた小さな正方形のお菓子を、ころりと俺の手に置いた。
「お仕事、お疲れ様です」
そして、向けられた優しさと、ほのかな甘さと、あたたかさに。
抱いていた感情は、あっという間にそのベクトルを変えてしまったのだ。
それが、彼女──佐藤瑞稀に恋をした、始まりの日だった。