一途な部長は鈍感部下を溺愛中
純粋な尊敬は焦がれるような恋心に変わり、そして、大人の恋愛には往々にして執着が伴うものである。
当然、遠くから見つめているだけでいいだなんて綺麗事で済むわけがなく、どう彼女と距離を縮めるか、仕事の合間にはそればかりを考えていた。
そんな時に折りよく人事部長への着任に関する打診があり、そこで社長に頼み込んだのだ。一人、欲しい人がいる、と。
彼女が異動を……そもそも、正社員になることを受け入れてくれるかどうかは賭けだったが、無事に引き受けてくれたと聞いた時、思わず室内でガッツポーズをしたものだ。
立場上、直接自分が彼女を口説くわけにも行かず、ヤキモキしていたから余計に。
あれから紆余曲折あり、どうにか彼女をこの腕に抱きしめることが出来て、まだ少ししか経っていない。
せっかく掴んだ手を離すつもりは毛頭ないが、何があっても揺らがぬ関係が築けているのかと問われると、きっと彼女はまだそこまで気持ちが追いついて居ないだろう。
そんな状態で、正当な理由もなく彼女の傍を離れるだなんて絶対に嫌だった。
……正直に言おう。不安だった。彼女はぽやぽやとしていて、隙だらけだから。目の届くところに置いておきたくなるのだ。
「聖くんを振り回せるのなんか、僕とその子くらいじゃない? すごいよね。ちょっと秘書に欲しいかも」
「許しませんよ。というか、振り回してる自覚があるなら勘弁してくれません?」
ニコニコと人の恋路を平気で乱そうとしてくる厄介者に苦言を呈すが、「えー?」と言ったきり、明確な答えは貰えなかった。
もういいや、帰ろう……。
突然頼まれた資料作成の数倍ぐったりしながら、社長室を出る。
疲れたな。なにか甘いものが食べたい。
そう思った俺は、寄り道をしてから自分のデスクへと戻ったのだった。
「あっ」
カタカタと休む暇なく動かしていた指を、聞こえてきた可愛らしい声に止める。
顔を上げると、愛しの部下が資料片手に立っていた。