黒歴史小説 冬の蝉
3-2
一ノ瀬 守は焼却炉の裏で意識がない由香と失禁した北条と倒れた舎弟を前にして、夢を見ていた。
夢というよりは彼が昔、見た映像を思い出しているのだ。そう、彼がマザーにいた頃の映像だ。
四年前、中東の近郊に小さな村があった。
その村はいつの時代からか、外からの異文化をまったく受け入れず、山里奥深くにひっそりと暮らしていた。
だが、この村の人間にはある特殊能力があった。
それに目をつけたマザーはイレギュラーと判断し、村の人間に研究所への収容を勧めた。
だが、異文化を受け入れない村だ。当然、マザーを拒んだ。
そして、マザーが下した結論は村の排除であった。
イレギュラー達はマザーを受け入れなければ生きていけないのだ。
現時会はすぐに馬斬隊を現地に送り込んだ。
イレギュラー村の人間達との戦いは死闘を呼んだ。馬斬隊の人間達も何人か死亡者が出た。
だが、マザーナンバー1、冬の蝉率いる馬斬隊だ。
かなり苦戦したが一時間たらずで村を壊滅までに追いつめた。
立ち上る炎が家々を呑んでいく。イレギュラー村は炎に包まれ、もうそこには動く者はいない。
無残にもイレギュラーの冷たくなった死体があちらこちらにある。
この村と一緒に死体も燃やすようだ。任務を終えた馬斬隊も引き上げていく。
そんな中、守は燃えゆく村を見守っていた。
彼はこのような任務を終えた後に、いつも、目標が静まり返るまで座り込み、じっと見つめている。
罪悪感を感じているわけではない。ただ、任務が終わったという安堵感を味わうだけだ。
しばらく、燃える村を見ていると人の気配を感じた。
その気配を追っていくと比較的まだ崩れていない家にマザーの特殊隊員がいた。
窓からそっと覗いて見るとその隊員は息を荒くして、ある行為に没頭していた。
その隊員の体の下には十歳にも満たない少女の顔がのぞいていた。
隊員はなんと、その年端もゆかぬ少女を相手に性行為を楽しんでいた。
「ヒヒヒッ、なんか言えよ。お前、人形みてぇでかわいいぜ!」
少女は無表情で隊員の歪む顔を見つめていた。だが、その赤い頬には涙が流れている。
その涙を見た瞬間、守の胸に激痛が走った。彼はうろたえた。
体にはどこにも外傷が見当らない。なのに、どうして胸が痛む? これは心の痛みとでもいうのか……。
こういった場面は幾度も見てきたはずだ。馬斬隊も軍隊に似ているところがあり、研究所で溜まったうっぷんを戦場で晴らす者もいる。
基本的に性欲というものは研究所から投与される薬で排除され、困ることはないのだが、中にはわざと薬を飲まないで性欲を増幅させる変態もいる。
特に落ちこぼれのFXシリーズにこういう人間が多い。
守は思わず、家の中に入ってしまった。
守に気がついた隊員は舌を出して、よだれを垂らしながら言った。
「よう、あんたらのおかげでこの村も終わりさ。俺達、FXはこうやって最後につまみ食いができるんだ。感謝しているぜ。ヘヘヘッ、それにしても、こいつ、さっきからなにも喋らないんだ。イカれてんのかな? どうだ? あんたもやるか? 最高だぜ」
そう言いながらもその隊員は動きを止めない。その歪んだ笑顔を見ていると吐き気がする。
その変態隊員の目は汚れきっていた。
「お、おい……」
守は無意識のうちにその隊員にゆっくりと近づいていく。
「なんだよ? やっぱ、あんたもやりたいのか? ちょっと待ってくれ。もう少しで終わるから」
「……そ、そうじゃない……さ、触るな。そ、その女の子に……」
守の声はかすれていてよく聞こえない。
「は? 慌てるなよ。すぐ終わるって」
少女は無表情で守の方を見た。振り向きざま、涙が地面に落ちる。
その少女の目はなにかを訴えているかのように見えた。
「や、やめてくれ……そんな目で俺を……見ないでくれ」
守の胸の鼓動が強くなる。息苦しく、今にも倒れそうになってきた。
「やめてくれ。その子に触れないでくれ……ううう……触れるな。その女に触れるな!」
気がついた時には変態隊員は死んでいた。
少女は依然、無表情で守の方を見ている。
「さあ、もうお前を襲う者はいない……自由だ。どこにでも行くがいい……」
守はそう言って少女に手を差し伸べた。
少女を助けて少し分かった。
この子は俺と似ているかもしれない。
マザーという組織に俺は犯され続けているのかもしれない。そう思うと助けずにはいられなかった。
少女は素直に守の手を掴もうとしているように見えた。
だが、次の瞬間、少女は隠していたナイフを突き出した。
守はなにも躊躇することなく、防御反応で突き出されたナイフを避け、少女の頭を後ろに押し込んだ。
少女の細い首から不気味な骨の折れる音が洩れる。
その少女の死に顔は先ほどと変わらず、無表情で人形のようだった。
「な、なぜだ……なぜ、逃げなかった? 俺に犯されるとでも思ったのか? 俺に殺されるとでも思ったのか? なぜだ!」
守は地面に膝をつき、座り込んだ。冷たくなった少女を抱きかかえる。
「つ、冷たい……死が……死が俺を突き抜けていく。なぜ、こうまでして戦う? そんなに力が、誇りが必要なのか……」
守は少女を抱きかかえたまま、家を出て、村の中央にあった祭壇の下に少女の遺体を置いた。
「一人では寂しいだろう……家族をつれてこよう」
守は既に人間の形をやめているイレギュラー達の遺体を祭壇の場所まで全て移動させた。
その後、祭壇の前で全ての遺体を燃やした。死体の体内から放出される異常なまでの悪臭が漂う。
「これで全員そろったどうかはわからんが、これで安心して眠れるだろう?」
守は祭壇の前に座り込み、静かに村の人々の火葬を見守った。