黒歴史小説 冬の蝉
第二章 「索敵」
2-1
赤穂 夕貴と相場 史樹が一ノ瀬 守の在学している、三枝高校に転校してきて三週間が経った。
夕貴も史樹もこの学校の雰囲気に、徐々に慣れてきた。
だが、彼ら同様に守もこの温もりに休んでいる気はない。彼らの本来の目的はマザーの撃退だ。
しかし、風見 哲二が言ったマザーの奇妙な動きは感じられない。
本当に俺達の居場所に気づいていないのだろうか。何か、気になる。
喉に魚の骨が引っ掛かっているような気持ち悪さが残る。
守は常に気を許さず、五感をフルに活動させ、警戒していた。
「ねえ、赤穂さん、来週だよね、バレンタイン。誰かにあげる予定はあるの?」
昼休みに由香が少しワクワクしながら夕貴に尋ねた。
「え、私は誰にもあげないと思うよ。まあ、料理とか好きだから義理チョコぐらい作ってもいいかな」
「またまた~、赤穂さんってば隠さなくてもいいのに。あ・い・ば・君でしょ?」
由香がわざとらしく夕貴の胸を指で突っつく。
「やだな~、由香ちゃん。まだ、言ってるの」
「だって、随分、ご熱心なバスケのコーチだもの。ここんところ、毎日、相場君が家に寄っているじゃない」
「ハハハッ、まいったな……。でも、由香ちゃんの方はどうなの?」
夕貴が切り返すと由香は顔を赤らめた。
「あ、いや、私は……ひ、秘密よ」
「あ、ずる~い!」
二人がじゃれ合っていると、昼の掃除を済ませてきた守が教室に戻ってきた。
「あ、一ノ瀬君。おつかれ~」
「ああ」
守は自分の机に座ると財布を取り出し、金を数え始めた。
「どうしたんですか? おやっさん」
「いや、昼メシを買いにな……」
「お弁当忘れたの?」
「いや、今日は作り忘れた」
由香は守の答えを聞いて目を丸くした。
「え、一ノ瀬君。毎朝、自分でお弁当作ってくるの?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「以外だな~。一ノ瀬君がお料理上手とは」
「別に上手というわけではない。生きるために作っているだけだろう」
「ううう……重い一言だ」
由香は守の率直さに感服した。
「あ、そう言えば、おやっさん。来週はバレンタインですよ」
「ほう」
「ほうって……気にならないんですか? うら若き乙女が一年にたった一度だけ、男の子に告白してもいいという、女にとっては大切な一日なんですよ」
熱弁する夕貴の思いとは裏腹に守はまったく興味などないといった感じで言った。
「そんなことよりも生きることを優先する。じゃあ、俺は下の食堂に行ってくる」
由香と夕貴は守の答えに肩を落とした。
「あの人には夢がない……」
*
校舎の一階にある事務室の隣に食堂はある。
食堂といっても、そこには炭水化物を中心とした、ただ、空腹を満たすだけのメニューが並んでいる。
家庭の食卓の暖かさとは程遠い。
だが、守にはそんなことは二の次であり、腹に食べ物を入れるのが優先である。
また、彼と同じく腹を空かせた高校生にはどうでもいいことで、それを証明するかのように食堂はいつも賑わっている。
ぶっきらぼうな感じの彼だが食事にはかなり気をつかっている。
常に万全のコンディションでなければ少なくともマザーとの戦いには勝てない。
(今日は焼きそばパンにでもするか。それと、野菜スープぐらいだな)
トレーを持ち、パンのあるコーナーに行く。
パンのコーナーは基本的にいつも混んでいる。
気がつくと守が狙っていた焼きそばパンがあとわずか一つとなっていた。
常人ならば焦って人ごみの中に入っていくだろうが、彼は決して焦らない。
マザーで鍛えられた瞬発力で一瞬にして自分の物にできるのだ。彼はさっそく行動に移した。
「むっ!」
取ったと思った瞬間、焼きそばパンを自分以外の手が掴んでいた。
「ほう。おたく、手が早いじゃないか」
そう言った男は金髪で肌が極端に白く、口と耳にピアス、首には銀のネックレスが、そして腰からは鎖が垂れ下がっていた。
(不良という奴か? だが、なんという速さだ)
守は驚いた。いくら、ケンカ慣れした不良といえども幾多の戦場や修羅場をこなしてきた自分の速さに追いついてこられる者などいないと思っていたからである。
守は相手の様子を探っている。無論、焼きそばパンは掴んだままだ。
相手も少し驚いた様子で焼きそばパンを掴んだまま、守の方を見ている。
緊迫した雰囲気がその場に伝わる。
それを周りにいた生徒達が気づき、人だかりができた。
「こりゃ、一勝負するか? 勝った方がこのパンの獲得権を得られる。どうだ?」
「いいだろう。で、どんな勝負だ?」
守は素直に勝負に応じた。彼にしては珍しいことだった。
「簡単だよ。この五百円玉を今から上に投げる。先に取ったほうが勝ちだよ」
「わかった」
「じゃあ、いくぜ!」
そう言うと金髪は天井に向けてコインを投げた。コインが宙に舞う。
クルクルと回転しながら落ちてこようとしたその時だった。
金髪が物凄いスピードで拳を突き出してきたのだ。
それに気がついた守はひらりと避ける。不良など、やはりこんなものかとあきれていると、相手は再度、攻撃を繰り出してきた。
間髪を入れずにパンチを打ち込んでくる。
鍛えぬかれた守には避ける事ができたが、金髪の速さが人間離れしていて反撃できない。
「フッ、もらったぜ。この焼きそばパン」
そう言った彼の手の中には既にコインがあった。
「汚いぞ! 殴りかかってくるなんて!」
守にそう言われながらも彼は焼きそばパンのビニール包装を破き、美味そうに食べ始めた。
「んなこと言われてもよ。俺はコインを先に取った方が勝ちだって言っただけで、その他のルールは決めてないぜ。それを決めないお前も悪いんじゃねぇのか?」
「くっ!」
なんて低次元な奴だと守は歯がゆい気持ちで金髪を睨みつけた。
「そんな怖いツラすんなよ。まあこれは勝負なんだからさ。じゃあな」
そう言うと彼はパンを頬張りながら去って行った。
「おい、待てよ……」
怒りが冷めない守は金髪を追いかけようとしたがその場に居合わせた男子生徒に止められた。
「やめとけよ! あいつ、停学明けだぜ」
「停学明け? 誰なんだ。あいつは?」
「知らないのか。三年一組の有里 慶吾だよ。三週間前にこの学校の近所のヤクザに因縁つけてケンカ騒ぎを起こしてよ。んで停学さ。でも、あいつ、ヤクザにドスで刺されて重体だって聞いたけどな。まあ、それだけ不良は不死身つーことかな……」
そう言って苦笑いすると教えてくれた生徒は去って行った。
「有里 慶吾……何者だ?」