【短】恋するうさぎとズルいオオカミ。
「──希子」
「っ!」
反射的にバッと振り返ってしまった。
意地でも振り向くつもりなんてなかったのに。
「ふはっ、わかりやす」
「せ、先輩っ、もう一回!もう一回呼んでください!」
「やーだね」
目の前に先輩の顔があって恥ずかしいとか、いまはそれどころじゃない。
先輩の付けているブラウンのエプロンをぎゅっと掴んだ。
「お願い先輩、もう一回!」
ぐいぐい引っ張って懇願してみても、先輩は楽しそうに笑っているだけ。
絶対呼ぶ気はないらしい。
先輩に名前で呼んでもらえたのなんて、この1年で片手で数える程度のみ。
タイミングはバラバラ。完全に気まぐれ。
そして2回連続で呼んでくれたことは、一度もない。
「先輩のバカぁ〜……」
「ハハッ、はいはい」
落胆するわたしに、先輩は終始楽しそうに笑っていた。