あの春を、もう一度。
「私、先輩の写真を初めて見た時、感動したんです」

偶然通りかかった写真部室の前に飾られていた、1枚の風景写真。

どんより重い雲の隙間から、僅かに覗く青空と真っ直ぐに伸びる白い光。

雨上がりの空を映しただけの、一見なんてことないその写真が、私と先輩を引き合わせてくれた。

「私が生きている世界って、こんなにも美しかったんだな、この人から見る景色は、こんなにも澄んでいるんだなって」

瞳を閉じれば、あの風景が鮮やかな色を持って蘇る。

「先輩がどんな人なのか知って、こんなガサツな人がどうしたらあんな繊細な写真を撮れるのか疑問に思いましたけど」
「上げるだけ上げといて急に落とすなっ」

一生に数回しかない晴れ舞台である、卒業式ということを全く気にしない寝癖をぴょこぴょこ跳ねさせながら言い返す先輩に、私はいたずらっぽく笑ってみせる。

先輩もつられたように、白い歯を覗かせてはにかむ。

この優しい表情が、ずっと大好きだった。

先輩は温かい眼差しを保ったまま、言葉を紡ぐ。

「春野はそうやって褒めてくれるけどさ、」

さわり、と柔らかい風が私達の間をすり抜ける。少しの静寂が辺りを包む。

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