俺の恋人のフリをしてほしいと上司から頼まれたので「それは新手のパワハラですか」と尋ねてみたところ
「いいなあ、イリナは。お母さまのお腹の中にいたことまで覚えているなんて」

「たまにね。そういう子供もいるらしいのよ。それに成長と共に忘れるとも言われているから。でも、間違いなくカリッドもここにいたのよ」
 母親はカリッドの左手を優しくとると、その手を自らのお腹の上に導いた。

「大きな赤ちゃんが、こんなところにいるなんて、本当に不思議ですね」

「ええ、そうね。お腹の中でね、カリッドもイリナも、一生懸命動いていたわ。ぽこぽことお腹を蹴られるとね、ここに、カリッドの足の形がくっきりと見えたのよ」
 どこか懐かしい表情を浮かべる母親。
「お父様もザカリーもね、あなたたちが生まれてくることを、それはもう楽しみにされていたわ」

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