俺の恋人のフリをしてほしいと上司から頼まれたので「それは新手のパワハラですか」と尋ねてみたところ
 仕事で忙しく、なかなか顔を合わせる機会が少ない父と兄だけれど、そうやって自分たちが生まれてくることを楽しみにしていたという話を聞くことは、悪いことではない。むしろ嬉しい。

「命の誕生というものは、とても神秘的なものですね」

「そうね。あなたたちがあの人たちの子供で良かったと、今でも思えるもの」

「僕にもそう思えるような日がきますか?」

「そうね。そういう相手と出会ったときに、きっとそう思うようになるわ」
 母親の話は抽象的過ぎてよくわからなかった。それでも自分は望まれて生まれてきたのだということはわかったし、そういう機会をくれた閨教育というものは悪くないなとカリッドは思っていた。
 母親は呼び出されてすぐに仕事に戻ってしまったけれど、カリッドは可愛い妹の髪の毛を動きやすいように三つ編みに編んでから一つにくるりんとまとめてあげた。

「カリッドお兄さま。お勉強終わったなら、遊びましょう」
 イリナは小さな手を差し出してきた。
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