俺の恋人のフリをしてほしいと上司から頼まれたので「それは新手のパワハラですか」と尋ねてみたところ
(か、かわいい。そのジト目もかわいい)
 というカリッドの心の声を彼女に聞かせるわけにはいかない。

「行くぞ。これから、恋人の振りをするための練習が必要だからな。時間は足りない」

 はぁ、とこれ見よがしにため息をついたモニカは、そのカリッドの手を取って立ち上がるしかなかった。
 モニカの手は弓の鍛錬でたこができていて、その皮も厚くなっている。だから、本当はこうやって他人と手を繋ぐのは恥ずかしいのだが、カリッドが満足そうな表情をしていたため、恋人役としては正しい行いのようだ。

 カリッドはモニカと手を繋いだまま隣の部屋にいるイアンへ外に出ることを告げた。イアンは「お気をつけて」と事務的に声をかけながらも、その視線は繋がれている二人の手にじっと注がれていた。
 どうやら、一歩先に進んだようだ。イアンは眼鏡をくいっとあげた。

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