俺の恋人のフリをしてほしいと上司から頼まれたので「それは新手のパワハラですか」と尋ねてみたところ
 右手の掌をじっと見つめているのは、先ほど触れてしまったその感触を思い出そうとしているからなのか。

「一体、外で何をやってきたんですか」
 イアンがため息をつく。それはもう盛大に。

「わざとじゃない、事故だ。その、彼女が転びそうになったところに手を出したら、たまたまだ」

「たまたま? わざと、ではなく?」

「わざと、だと? できるものならやってみたい……」
 そこでまた、カリッドは両手で顔を覆った。それを見て、本当にそれが事故であるということをイアンは悟った。

「カリッド様。それで今、モニカ殿は?」

 あ、とカリッドは情けない顔をあげた。

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