狂った隣人たち
玄関を出て行く父親の背中を追いかける。


嫌な予感で全身から汗がふきだしてベタついているが、そんなことにも気がつかなかった。


父親は真っ直ぐ津田家の玄関へ向かうと、そのドアを乱暴に蹴り上げたのだ。


「俺の息子をたぶらかした豚女はどこだ! 出て来い!」


祐次が静止する暇もなく怒号を上げる。


「お父さん、なにしてるんだよ!」


「ここの娘が弘人をたぶらかしたんだろ! 欲求不満の淫乱女だ!」


「やめてよ!」


後ろから父親のウエストに両手を回してどうにか玄関から遠ざけようとする。


しかし、弘人と同じように強烈な力でその場にとどまっている。


まるで人間じゃないみたいだ。


「出て来い豚女!!」


包丁を振り回し、刃先が玄関に当たってガンガンと容赦ない音を立てる。


やめろ!


頼むからやめてくれ!!


恐怖と混乱と絶望が祐次へ襲い掛かってくる。


弘人も父親も母親も、みんなどうなっちまったんだよ!


それは祐次が見てきた家族とは異なるものだった。


家族の団欒も、家族旅行も、楽しかった日々があったはずなのにここに引っ越してきてからすべてが幻であったかのように感じられる。


俺の家族に元々そんな幸せなことがあったんだろうか?


もしかして全部自分の妄想の中の出来事じゃないのか?


本気でそう考えてしまうほどの変貌振りだ。
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