ママの手料理 Ⅱ
琥珀の代わりに注射を打たれた時も、最愛の人を守れた喜びでいっぱいだった。


夢の中でも琥珀はひたすらに毒舌で冷たくて、でもそれでいて優しくて。



(俺が、易々と死ぬわけないじゃん…)


俺が長い長い夢を見ていた間、琥珀はどれ程の恐怖と闘っていたのだろう。


ポーカーフェイスの内側で、万が一俺が死んだら…って自分を責めたりしたのかな。


夜、誰にも聞こえないように声を押し殺して泣いたりしたのかな。


彼が抱えていたものがどれ程大きかったかは、流れる安堵の涙が示してくれている。


琥珀の代わりに死ねるならそれも本望だった。


けれど、生きる事で琥珀に喜んで貰えるなら、それが俺にとっての一番の幸せで。


ずっと心配かけてごめんね。

でもさ、俺夢の中で紫苑ちゃんの事助けてたから。

こんな事言ったら笑われそうだから、誰にも言わないでおこう。




舌で唇を舐め、翁のようなしわがれた声で、俺はゆっくりと泣き続ける琥珀に語り掛けた。


「……琥珀から、…“好き”って、言われるまで、俺、…死ねない、から…」


しゃくり上げる声が一瞬収まり、目を真っ赤に腫らした彼が顔を上げる。


じっと俺の顔を見つめた愛しい人は、一瞬嬉しそうに、けれどどこか驚き呆れたように頬を緩め。



「……そうだな、」



俺の手を、優しくゆっくりと撫でた。
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