裸足のシンデレラは御曹司を待っている

「遥香……」

そう呟いた直哉は、涙をこらえるように天井を見上げ、深く息を吐きだした。

事故に遭いたくて遭う人なんていない。その後のリハビリだって、傷の状態を見れば、過酷を極めたはずだ。そして、記憶を失くしていたために運命の歯車が狂い、手に入れられなかったものがある。

話を続けるのに、私は涙で濡れた頬を拭き息を整えた。
直哉も気持ちが落ち着いたのか、顔を向ける。その切れ長の瞳は赤く充血していた。

「5年前に東京のマンションまで行ったのには、理由がありました。あの時、私……」

直哉の息子である真哉の事をいざ、言おうと思うと言葉が詰まる。
でも、直哉ならきっと受け入れてくれるはず。そう、自分自身に言い聞かせ勇気を振り絞り話を続けた。

「私、あの時、妊娠したんです。その事を相談しようと……」

言葉の途中で直哉が椅子から立ち上がり、ガタンッと大きな音を立て椅子が倒れた。その音に驚いて肩がビクッと跳ねる。
そして、直哉はダイニングテーブルを回り込むようにゆっくりと私に近づいてくる。その瞳は濡れていた。

私は椅子に座ったまま、ただ直哉を見上げる。

「遥香……ずいぶん時間が経ってしまって、すでに遅すぎるのかもしれない。
君に恨まれても仕方がないと思っている」

直哉が、床に膝をつく。すると、今度は近くで見下ろす形になった。
こんな話の最中なのに、直哉の泣いている顔も綺麗だな。なんて、思ってしまった。
その、涙に濡れて綺麗な顔に両手を伸ばし、頬を包み込んだ。
直哉に触れたその手に温かい体温を感じる。

「昨日、会った男の子。真実の真に直哉さんの哉で、シンヤと言います。あなたの子供です」



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