裸足のシンデレラは御曹司を待っている
「いえ、私の方こそ、お車の前に飛び出してしまって、すみません」

「怪我をさせずに済んでよかったよ」

「ありがとうございます。では、お食事ご用意いたしますね」

逃げるように視線を外し、パタパタとキッチンに入った。
落ち着かない気持ちで、バスケットの中からタッパーを取り出し、プレートに盛り付けた。
ゆっくりと直哉が足を進め、ダイニングの椅子に腰を下ろし外の景色を眺めている。

「お待たせしました」

ダイニングテーブルの上にプレートを並べていると直哉を見下ろす形になる。
さらりと流れる髪と切れ長の目を縁どる長いまつ毛が見え、彼からのオリエンタルノートがふわりと鼻をくすぐる。
とたんに、あの香りに包まれて甘い日々を過ごした事が次々に脳裏に浮かび、気持ちがかき乱される。
ズキンと痛む胸の内を隠し、平静を装い作り笑顔を向けた。

「柏木様が朝食をお召し上がりの間に水回りをお掃除させていただきます」

「悪いね」
と、言いながら柔らかく微笑む。

その笑顔に浮足立ち落ちつかない。
浴室に急ぎ足を運んだ。邪念を振り払うようにタイルをゴシゴシ擦り、スポンジでバスタブを洗う。
そういえば、ここでも直哉に抱かれた。
5年前の甘い記憶が蘇り、顔が熱くなる。
バカみたい、と思いながらそれを冷ますように水で泡を洗い流す。

捨てられたと思っていたのに……。事故で記憶が無いなんて。
それでも、あの時の事を思い出して、一人で顔を熱くしている。

私、まだ、直哉の事が好きなんだ。

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