裸足のシンデレラは御曹司を待っている
「ありがとうございます。行ってきます」

ドアがバタンと閉まり、玄関から急ぎ足で敷石の上を駆けていく遥香の背中を部屋の中からガラス越しに見送った。

昨日の夜に出会った”シンちゃん”は、俺の子供かもしれない。それなのに、怪我の状態を知る手段さえも持ち合わせず、ただ気を揉むばかりで自分の不甲斐なさに苛立ちを募らせる。

記憶が戻った事を伝えようと思っていたのに……。
伝えることが出来なかった。

ソファーにクッタリと体を預け、目を閉じた。

きっと、子供が産まれてから熱を出したり怪我をしたり、幾度となく病院に駆け込むような事があったのだろう。
いや、妊娠がわかった時点でどんなに不安だったか。

あの事故さえなかったら……。
「必ず戻ってくる」と果たすことのできなかった約束。
空白の5年間を悔やんでも悔やみきれない。

沖縄から東京に戻り、休暇の間に溜まった仕事を片付けたら、すぐにでもまた沖縄に行くつもりだった。

雨の降しきる夜に深夜まで残業をした帰り、あの事故が起きた。
4車線の国道、直線道路。左ハンドルの車を運転していた。家まであと少しの距離。対向車のライトで目が眩んだ。瞬間、突然人影が映る。無理やり道を渡ろうとした人が飛び出してきたのだ。その人を避けようと慌てて切ったハンドルに車は大きくスピンした。
マズイ!
と、思った時には周りの景色がグルグルと流れ出す。左からの強い衝撃とエアバッグに視界が阻まれ細かいガラスがふり注いで来る。
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