【短編】今宵、君の腕の中




「…そん、…とない、…よ…。」




ふと聞こえた声が隼にそっくりで、何気無く振り返っちゃったのがいけなかったんだ。


それは、そっくりどころか隼本人で。


……見間違えようがなかった。


頭の中は真っ白で、聴覚は遮断されたんじゃないかと錯覚するほど、全く働かず…。


ただ、隣にいる女の人に笑顔を向ける隼だけが…、私の視界を埋め尽くしていた。




「隼…?」




仕事の…、取引先の人かもしれないし。


ただ並んで歩いてるくらいどうってことない。


そう思えばいいだけの話かもしれないのに。


最近じゃ私にだって向けてくれない笑顔を、知らない女の人に向けてることが痛くて苦しくて…。



ねぇ…、その人は誰?



私の小さな呼び掛けなんて隼の耳に届くことなく、その姿は遠ざかっていくばかり。





岸川 姶良(キシカワ アイラ)、
20歳。


彼氏の心がどこに向かっているのか、わからなくて。


……不安ばっかりが大きくなっている、今日この頃です――…



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