お昼寝御曹司とふたりだけの秘密
 自分の仕事が終わったのは十八時半。
 タイムカードを押してゆっくりと帰り支度をし、時間までそわそわしながら休憩スペースの椅子に座って待っていた。

 そして約束の十九時になったが、そういえばどこで待ち合せるかなどの話をしていなかったことに気づき、どうしたらいいのだろうと思っていると、マナーモードに設定しているスマートフォンが鞄の中で震えた。

 電話の相手は、涼本さん。
 はじめての着信だ!と、あまりにも意識しすぎてしまって、椅子から立ち上がってから電話に出た。

「も、もしもし!」

『……どこにいる?』

「はい、えっと、三階の休憩スペースに……」

『ああ、よかった。いた』

 電話越しの声が、すぐ近くで聞こえた。
 通路で立ち止まった涼本さんがこちらを見ていて、「お疲れ」と言って電話を切る。慌てていたわたしは、スマートフォンを耳にあてたまま「お、お疲れさまです!」とお辞儀をした。

「君はどこにいるかなと、総務の前を通ってみたんだ」

「そ、そうでしたか、ありがとうございます」

 わたしは慌てて涼本さんのもとへ向かう。彼がわたしを探してここへ来たなんて、どうしよう、胸の高鳴りがおさまらない。

 今日は金曜日で、総務の社員は仕事が終わった順に帰っていったから、残っている人は少なくて三階フロアは静かだ。

 こうして涼本さんとふたりでいるところが、いろいろな人に見られなくてよかったなと思う。どうしてわたしが彼と一緒にいるのか探られたら、ふたりだけの秘密が他の人にもバレてしまうかもしれない。

 今日みたいに会議室で昼寝をしている彼を、見に行けなくなってしまう。

「食事の場所、どこでもいいか?」

「は、はい、大丈夫です」

 通路を歩き出した涼本さんの後ろを、わたしは緊張しながらついていった。歩いているのに、感覚がないような気がする。
 階段を下りてエントランスを通り、会社の外の歩道へと出て、駐車場へと向かう。

 その中に停められている一台の黒い車の前まできた涼本さんが「乗って」と言ったので、恐縮しながら助手席へと乗り込んだ。
< 15 / 110 >

この作品をシェア

pagetop