お昼寝御曹司とふたりだけの秘密
 このままなにも話さないでいいのだろうか。せっかくのチャンスなんだから、もっと積極的にならないと。

「あのっ、涼本さん!」

 意を決して、運転席の涼本さんへ話しかけようと顔を向けたとき、彼もなにか話そうとしていたらしく、わたしの方を見て口を開きかけていた。

「あっ……すみません、なんですか?」

「君から話していいよ」

「いいえ、涼本さんからどうぞ!」

 そう言ったわたしに涼本さんは「苦手な食べ物はある?」と聞いてきて、「ないです!」と答えると、彼はじっとこちらを見つめてきた。

 なんだろう?と、目をぱちぱちしていると、そっと視線が外される。

「……で? 君はなにを言おうとしてた?」

「はい、えっと……今日は食事に誘っていただけて、うれしいです。よろしくお願いします」

 よろしくお願いしますって、なに……!
 なんとか会話をしてみようと思った結果、なにも浮かばなくて変なことを言っている気がする。

 どうしよう、と思いながら涼本さんの表情を確認したらほんのりと笑っているようで、恥ずかしくなった。

「君が気になったから誘ったんだ。こちらこそよろしく」

 淡々とした様子でそう言った涼本さんは、ハンドルを握ってサイドブレーキをとくと、ゆっくりと車を動かしはじめた。

 わたしは、彼を見つめたまま放心状態。
 だって今、とんでもないことを言われた。

 涼本さんがわたしを食事に誘ったのは、わたしが気になるから? 気になるって、惹かれているとかそういう感じのもの……?
 聞きたいことがあるって、そういう意味なのか。

 待って、頭がついていかない。
 うれしいというよりも、信じられないという思いでいっぱいだった。

 だって涼本さんが……皆が一目置いていて社内で人気の、あの涼本司さんなのに。
 わたしが一方的に知っているだけで、会議室での昼寝を見るまでは話したこともなかった。彼がわたしを気になるなんて、ありえないと思う。
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