お昼寝御曹司とふたりだけの秘密
 お酒の力を借りれば、この場を楽しめる状態になって冗談を言えるくらいのテンションになるかもしれない。

 そう考えてひたすらビールを口の中に流し込んでいたけれど、ふと、隣にいる涼本さんに視線を向けたら、彼はぼうっとテレビを見ながらスナック菓子を食べていた。

 会議室で昼寝をしている涼本さんを見たときもそうだけれど、自然な彼の一面にすごく惹かれてしまう。

 じっと見つめていたら、わたしの視線に気づいた涼本さんがこちらに顔を向けた。そして、彼は手に持っているお菓子の袋を差し出す。

「食べていいよ」

「……ありがとうございます」

 お菓子を食べたそうにしていると思われたのかな。見惚れていたと思われるよりは恥ずかしくないかもと、遠慮がちにつまんだ。

 他になにか話題を考えるけれど、仕事の話は疲れさせてしまうかもしれないし、どうでもいいことを面白く話せるようなこともできないので困っていた。
 彼が興味を持てる会話といえば、今は体調の話だろうか。

「涼本さん、寝つきが悪いようなときは、羊を数えてみたらどうでしょう? お酒は飲みすぎてしまうのが心配ですが、羊なら数えすぎて心配なんてないですし!」

 子供の頃、羊を数えると眠くなると聞いたことがあった。それで眠れるようなら簡単だけど……。しかもベタな話題だったかな。

「……羊か。数えると眠くなるっていうやつだろ? たしかに、平日は寝つきが悪いこともあるけれど、きっと数えても眠れなくて、もういっそのこと羊になりたいって思うかも」

 缶を口もとまで持っていきながら小さく笑った涼本さんは、わたしにいたずらっぽい表情を見せる。

「羊の涼本さん、きっとかわいいです」

「なんだそれ。喜んでいいのか微妙だな」

 会社でのイメージはクールで笑顔が少ない感じだけれど、先ほどから微笑んでくれているのがうれしかった。涼本さんもお酒が入っているから、冗談を言ってくれたのかも。

 わたしにもお酒の効果が出てきて、会話はどんどん弾み、テレビの内容を話題にしたり、会社のことも少しだけ話してみたり、なんでもないことで笑ったりしながら深夜まで起きていた。

 アパートが水漏れして大変な夜のはずだけど、今日のことは幸せな思い出になりそうだと、心の中で思っていた。
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