お昼寝御曹司とふたりだけの秘密
 食事を済ませた後、お互い支度をして、先に部屋を出るわたしは玄関へ向かう。

 一緒に車で出勤すればいいと提案されたけれど、さすがにそれは会社の誰かに目撃されたら変な噂になって、涼本さんに迷惑がかかると思い、『電車で通勤します!』と言った。

 自宅のアパートよりも彼の部屋は会社に近いので、それだけで十分ありがたい。
 ヒールを履きながら〝いってきます〟と声をかけるべきか、気恥ずかしくなりながら考えていると、リビングのドアが開いて涼本さんがやってきた。

「駅まで送る」

「……えっ? そんな、送ってもらうなんて申し訳ないです」

 焦りながら遠慮するわたしに構わず、彼は革靴を履いて玄関のドアを開ける。

「ちょうど駅の前を通るし、いいだろう。どうしても歩きたい理由があるなら別だけど」

「理由はないですが、涼本さんに余計な手間がかかります。時間だって、普通に通勤すればもう少し遅く家を出られるはずです」

「言うほどあまり変わらないよ」

 涼本さんは淡々とそう言うけど、面倒をかけてしまっているような気がしてしまう。「でも……」と言葉を続けようとしていたら、彼はこちらに振り向いてぐっと顔を近づけてきた。

「少しくらい甘えたらどう?」

 涼本さんは窘めるような口調の後、首を傾けて雰囲気をやわらげながらわたしの様子を見る。すぐそばで、甘えたらどう? なんて言われて、どういう反応をするのが正解なのか。

 ドキドキして動けずにいると、彼は目を細めた。

「そのほうが遠慮していないんだと感じて俺が楽だ」

 なるほど、そういう意味なんだ……。
 遠慮がちな態度だと、涼本さんも気を遣うということ。

「俺が送るって言っているんだ、素直に乗っていけばいいよ」

「す、すみません、ありがとうございます」

 優しさと強引さの両方を感じつつお礼を言うと、ほんのりと口もとを緩めた涼本さんはわたしから離れて、玄関のドアを開けた。
 それに続いてわたしも部屋を出る。
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