お昼寝御曹司とふたりだけの秘密
 それから数日は、普段通り仕事をしていた。
 総務の仕事はいろいろあって、わたしがよく任されるのは人手が足りていない広報課から頼まれている社内報の管理、他には消耗品などの補充、各部署の資料整理など。

 涼本さんのことは相変わらず気になっているけれど、あの日以来会っていない。
自分から会いにいってもなにを話せばいいのかわからないし、わたしと涼本さんには他になにか接点があるわけではない。

 もっと涼本さんのこと、知りたいな……。
 少しでも話ができただけでもありがたく思うべきなのに、時間が経てば経つほどそういう想いが湧き上がってきていた。

 パソコンで備品の交換スケジュールを確認していると、同じ部署の川杉《かわすぎ》さんが、「野山さん」と声をかけながらデスクのそばにやってきた。

 川杉さんは三十代の爽やかな男性で、年上の立場で新人のわたしの仕事をよく気にしてくれる優しい人だ。

「悪いんだけど商品企画部の紙の古い資料、片付けに行ってもらっていいか?」

「はい、わかりま……」

 返事をしようとして、固まってしまった。商品企画部には涼本さんがいる。彼の姿を見ることができるかもしれないなんて、仕事なのにそんなことを思ってしまった。

「どうした?」

「い、いいえ、なんでもないです! すぐに行ってきます!」

 顔を覗くように見てきた川杉主任に慌ててそう言ったわたしは、椅子から立ち上がってすぐさま部署の出入口へと進む。

 どうしよう、ドキドキする。
 いや、これは仕事で、涼本さんに会いにいくわけではない。彼も仕事中だろうし、他の社員もいるから話なんてできないだろう。
 でも……挨拶くらいはできるかな?

 胸の鼓動が騒がしいまま、わたしは商品企画部のある五階フロアにたどり着いた。

 部署の出入口まで来ると、プレゼン用の資料作成を強い口調で指示する上司の声が聞こえてきて、同じ社内なのに総務部とは違うな……と緊張が高まる。

「失礼します、資料を運びに……」

「ああ、そこにあるやつ、運んでチェックしておいてくれる?」

「わかりました」

 声をかけた男性社員が指をさしたほうに目を向けると、壁際に資料のファイルなどが入った段ボールとプラスチックケースが合計四つあった。

 古いものはデータ化されていないので、かさばっているのは仕方がない。
荷台を持ってこよう。

 そう思いながらふと、視線を奥へ向けた。
< 7 / 110 >

この作品をシェア

pagetop