お昼寝御曹司とふたりだけの秘密
 一番端のデスクで涼本さんが仕事をしていて、彼は同僚の男性に声をかけられ、真剣な表情で会話をしていた。
 淡々と仕事をする彼は、独特な存在感がある。わたしがいることにはまったく気づいていないようで、ほんの少し落ち込みながら荷台をとりにいった。

 仕事中なのだから、わたしに気づかないのは仕方ない。
 そもそも、この前のように彼がわたしに接してくれると、期待すること自体間違っている。

 そう思いながら荷台を押して商品企画部へ戻ろうと通路を進んでいると、部署の出入口から涼本さんが同僚の男性と話をしながら出てきた。

 ドキッとして一瞬体に力が入ったが、止まるわけにはいかないのでそのまま進む。
 もうすぐすれ違うけれど、彼は話をしている相手に夢中でやはりわたしには気づかない。

 というより、もしかしてわたしのことを忘れている?
 会議室で話をしたのは数分だったし、秘密なんて面白がって言っただけだったのかもしれない。

 だとしたら、浮かれていた自分がとても恥ずかしく感じる。
 女性たちが皆かっこいいと言う彼に、近づけたかもしれないなんて思ってしまっていた。

 通路の端に寄って、情けなさ半分、ドキドキ半分で彼とすれ違う寸前まできたとき……彼の視線がわたしに向いたような気がした。
 本当に気がしただけかもしれないけど、わたしは惹かれるように横を向く。

 瞬間、こちらを見ている涼本さんと目が合った。
 あっ……と、思ってゆっくりと立ち止まると、彼も同じように立ち止まる。どこか驚いたようにわたしを見ている彼に、慌ててお辞儀をした。

「こ、こんにちは!」

「……ああ、どうも」

 微妙な反応をする涼本さんは、本当にわたしのことを忘れていて、すれ違うときに思い出したのかもしれない。虚しい気持ちになったけれど、彼から視線を逸らすことができなかった。

 だって彼も、まったく動こうとしないから。

「おい、涼本。どうした?」

 近くにいた男性がわたしと涼本さんを交互に見て不思議そうにしている。誰?と思われているような男性の視線に、わたしの顔がカアッと熱くなってしまい、逃げるように涼本さんに背を向けた。

 すごく恥ずかしい……!

 商品企画部の出入口へ戻ってきたわたしは、荷台へ段ボールとケースを積み、急いで資料を片づけた。 
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