もどかしいくらいがちょうどいい
【溺愛度】★★☆☆☆☆
少女漫画みたいな恋がしたい。
……いやいや、だってさ?
高校生になったからには、そう思うのは普通でしょ?
夢見すぎだって、友達には笑われるから絶対言えないけど、本当は王子様みたいに優しいひとが好き。
私のこと一番考えて、優しくしてくれる、そんなひとと恋がしたいって、そう、思ってたのに。
「むぎ」
頬に触れる少しかさついた大きな手のひら。
じっと見つめる吸い込まれそうなほど黒い瞳は、今、私だけしか見えてないみたいに熱を孕んでいる。どろどろに甘い飴みたいな、それでいて少し背筋がぞわっとするような低い声音。
見知らぬ寝室。見知らぬベット。見知らぬ男の人。
視界に入るすべてが非現実すぎて、私は呆然と目の前に寝そべる男の人を見る。
視線が合わさった瞬間、見知らぬ男の人はふっと柔く笑うと、優しい手つきで撫でていたはずの腕で引き寄せるように私の身体をぎゅうっと抱き締めた。
「ひえっ」
情けない私の悲鳴は、軋んだベットに掻き消される。
すりすりと猫がマーキングするみたいに首筋辺りに黒髪がすり寄る。そうして、私の耳元で囁いた。
「寂しかった? 最近、家開けてばっかだったから」
「っ、み、みみっ……や、やめ」
「むぎ、耳弱すぎ」
ぞわわわっと私の背筋を甘すぎる余韻が突き抜ける。
声だけでも、私を抱き締める男の人が愉しそうにしているのが分かる。
しかも、私の背中に回っていた手が、つつーっと背筋をなぞって悪戯までしてくるんだから、私はもう堪えきれなくなって、男の人の胸をぐっと押し返した。
顔が熱すぎて爆発しそうだ。私は反射的に瞳が潤むのも隠さずに出来る限りの威圧感で睨みつける。
「い、いい加減に……!」
すると、男の人はぽかんと呆けたが、一瞬にして表情が変わる。
それはそう、なんというか、危ない感じの……あれ? もしかして、これ、私、貞操の危機?
「はあ、好き」
「え、ちょ、ちょ……」
「むぎが煽ったんだろ? 責任取れ」
「──へ?」
手を引かれたと思ったら、視界がぐるんと一回転。
いつの間にか、私の身体が仰向けに転がされていた。見上げた視界には、見知らぬ天井と、私を見下ろす男の人に支配される。
彼が流れるような黒髪が首を傾けると、隠れていた首筋があらわになった。
……ん? 私はその白い首筋を凝視する。そして、点と点がようやく繋がった。
いやいや、そんなわけ……いや、でもだって、そんな……。
混乱する私をさらに追い詰めるように、彼は伏せた瞳をゆらりゆらりと揺らし喉を鳴らして一言。
「見すぎ。むぎのえっち」
死ぬかと思った。色んな意味で。
こ、こんな──こんな、色気限界突破したお兄さんが、彼なわけは。でも、面影が似てる。
私は恐る恐る伺うように、じっと彼を見つめて問いかけた。
「……な、なるせ……くん……」
彼は、ぴくりと眉の端を動かして、それから困ったみたいにきゅうっと眉を下げた。
「むぎに成瀬って呼ばれんの、久々だな」
──予感は、的中した。
成瀬善。
私の席の後ろで冷凍ビームみたいな視線を突き刺す無表情冷徹不良人間、成瀬善の大人バージョンがそこには、いた。
暗転。