もどかしいくらいがちょうどいい
走る、走る、走る。目的もなく、ただ闇雲に。
息が詰まって、足がもつれそうになるぐらい。
この顔の火照りは……、走り出したせいなのか、はたまた彼のせいなのか、高鳴る心臓に問いかければ分かるだろうけれど、そんなの聞いてる余裕が、今はない。
「……はっ、はあ、はあ……!」
いよいよ息が切れて、私は立ち止まる。
膝に手をついて、私は肩で何度も呼吸を繰り返す。ようやく、いくつかの冷静さを取り戻した私は、あ、と思わず声をあげた。
勢いで図書室の鍵持ってきちゃったから、閉めに戻んないといけないじゃん……。
「もっ、戻りたくねぇー……」
思わずしゃがみ込んで、ため込んだ息を吐き出す。
一体どんな面して戻ればいいんだ、唐突に逃げ出しといて……!
忌々しく握り締めた右手を解いて、覗き込む。
「……あれ?」
私の右手に収められていたのは、鍵、ではなく──透明なフィルムにくるまれた、透明な飴だった。荻原さんがいつかくれた黄金色の飴に似た、透明な色の飴。
どうやら荻原さんが置いて行った飴と鍵を間違えて、握りしめてきてしまったらしい。ということは、鍵は図書室にあるから、戻らなくていいということだ。きっと、夏目くんが閉めて帰ってくれるはずだ。
私は大きく息を吐いて、肩を撫で下ろす。何気なくそのフィルムをといて、私は口の中に放り込んだ。
「……甘」
熱に浮かされたような甘さが、舌の上で広がっていった。